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聖書を毎日調べる 2026
調26 88–97ページ

9月

9月1日,火曜日

自分がクリスチャンの信条の通りに生きているかどうか,いつも確かめてください。(コリ二 13:5)

私たちはクリスチャンとして十分に成長するよう努力するだけでなく,逆戻りしないようにも気を付ける必要があります。その中には自己過信を避けることも含まれます。(コリ一 10:12)自分が成長し続けているか「いつも確かめ」ることは大切です。コロサイのクリスチャンに宛てた手紙の中でも,パウロはクリスチャンとして大人でいることの大切さを教えました。パウロは,十分に成長していたコロサイの兄弟姉妹に向けて,世の中の考え方に影響されないよう警告しました。(コロ 2:6-10)また,コロサイの会衆のことをよく知っていたと思われるエパフラスも,兄弟姉妹が「最終的に欠けたところがない者となり,……しっかり立てるよう」いつも祈っていました。(コロ 4:12)パウロもエパフラスも,“子供”に逆戻りしないようにするためにはエホバに助けを求め,自分でも努力する必要があるということをよく理解していました。コロサイの兄弟姉妹がどんな問題を経験するとしても,クリスチャンとして成長した状態から逆戻りしてほしくない,と思っていたのです。塔研24.04 6ページ16-17節

9月2日,水曜日

エホバは私たちと共にいます。彼らを恐れないでください。(民 14:9)

エホバへの正しい畏れを抱いている人は,エホバを本当に愛しているので,悲しませるようなことは絶対にしたくないと思うものです。私たちはエホバから良いと認めてもらうために,正しいことと悪いこと,真実なことと間違っていることをしっかり見分けたいと思います。(格 2:3-6。ヘブ 5:14)神よりも人を恐れると,真実がはっきり見えなくなることがあります。1つの例を考えましょう。イスラエルの部族の12人の長は,エホバがイスラエル人に与えると約束した土地に偵察に行きました。そのうちの10人は,エホバへの愛よりカナン人を恐れる気持ちの方が強くなってしまいました。そして仲間のイスラエル人に,「あの人たちの所に攻めていくなんて無理だ。彼らは私たちより強い」と言いました。(民 13:27-31)人間的な観点で言えば,カナン人は確かに強力でした。でも,イスラエル人には敵を征服することなどできないと言ったのは,エホバのことを考えていない発言でした。塔研24.07 9ページ5-6節

9月3日,木曜日

地上の人全てを裁く方は,正しいことを行われるのではありませんか。(創 18:25)

私たちは,エホバが人を裁く時はいつでも正しい判断をしてくださることを確信できます。アブラハムがよく理解していたように,「地上の人全てを裁く」エホバは,完璧で,豊かな知恵を持ち,憐れみ深い方です。エホバはイエスを教え,全ての人を裁く責任を委ねています。(ヨハ 5:22)エホバもイエスも一人一人の心を読むことができます。(マタ 9:4)そしてそれぞれに対して,「正しいこと」を行います。エホバが全てをよくご存じであることを確信しましょう。私たちには裁く権限も能力もありませんが,エホバにはあります。(イザ 55:8,9)それでエホバとイエスを信頼し,裁くことは全て任せましょう。王であるイエスはエホバと全く同じように公正で憐れみ深い裁きを行います。(イザ 11:3,4)塔研24.05 7ページ18-19節

9月4日,金曜日

エホバは,欺く人をひどく嫌い,正直な人たちを親しい友とする。(格 3:32)

イエスが初めてナタナエルに会った時のことから,正直な心を持つことの大切さを学べます。フィリポが友人のナタナエルをイエスに会わせようと連れてきた時のことです。イエスはそれまで一度もナタナエルに会ったことがなかったのに,「見なさい,まさにイスラエル人,心に偽りがない人です」と言いました。(ヨハ 1:47)イエスは,ナタナエルが特に正直な人であることに注目しました。ナタナエルも私たちのように完璧な人ではありませんでしたが,素直で心が全く正直な人でした。イエスはそのことでナタナエルを褒めました。エホバを喜ばせる事柄として詩編 15編で挙げられていることの多くは,私たちが人にどう接するかと関係があります。詩編 15編3節によると,エホバの天幕にいる人は「中傷せず,周りの人に何も悪いことをせず,友をけな」しません。そういうことをしてしまうなら,周りの人をひどく傷つけることになります。(ヤコ 1:26)塔研24.06 10ページ7節,11ページ9-10節

9月5日,土曜日

主よ,あなたの名を使うと,邪悪な天使も服従するのです。(ルカ 10:17)

よく準備して伝道に出掛けるなら,気持ちにゆとりを持って話すことができるでしょう。イエスは,よく準備してから伝道に出掛けるように弟子たちを助けました。(ルカ 10:1-11)弟子たちはイエスに教えられた通りにした結果,伝道で良い経験をし,深い喜びを味わうことができました。では,伝道のためにどんな準備ができるでしょうか。どうすれば自分の言葉で自然に伝えられるかを考えるのは大切です。区域の人のよくある反応について幾つか考えておき,どのように答えられるかを準備しておくことも助けになります。実際に話す時にはリラックスし,笑顔でフレンドリーに話すように心掛けましょう。塔研24.04 15-16ページ6-7節

9月6日,日曜日

私たちの神エホバ,あなたは栄光と栄誉と力を受けるのにふさわしい方です。あなたが全てのものを創造されたからです。(啓 4:11)

私たちが良い知らせを伝える一番の理由は,エホバとその神聖な名前を愛しているからです。私たちは伝道することによって,大好きなエホバを賛美したいと思います。そして,「私たちの神エホバ,あなたは栄光と栄誉と力を受けるのにふさわしい方です」という言葉に心から同意しています。エホバが「全てのものを創造された」証拠や,私たちがエホバのおかげで存在していることについてみんなに伝える時,エホバの栄光と栄誉をたたえることができます。また,自分の時間や体力や持っている物をできる限り伝道のために使うなら,自分の力をエホバに捧げていることになります。(マタ 6:33。ルカ 13:24。コロ 3:23)私たちはエホバのことが大好きなので,エホバについてみんなに話します。さらに,エホバの名前とその意味についてみんなに伝えたいとも思っています。塔研24.05 17ページ11節

9月7日,月曜日

神[は]……熱心に仕えようと努める人たちに報いてくださる。(ヘブ 11:6)

エホバは私たちに今穏やかな心や満足感を与え,将来,永遠の命を与えてくれます。エホバが私たちに報いを与えたいと思っていることや,そうする力を持っていることを私たちは確信しています。そう考えると,一生懸命エホバに仕えたいと思うようになります。エホバに仕えていた昔の人たちもそうでした。そのうちの1人であるテモテの例を考えましょう。(ヘブ 6:10-12)テモテは,生きている神エホバに希望を抱いていました。(テモ一 4:10)それで,エホバや仲間のために働くことに全力を尽くしました。どんな努力を払ったでしょうか。テモテは使徒パウロから,教える点やみんなの前で話す点で成長するように勧められました。若者も年長の人も含め,仲間のクリスチャンに対して良い手本になるようにとも言われました。また,必要な場合にははっきりと親切に助言を与えるといった難しい仕事を任されました。(テモ一 4:11-16。テモ二 4:1-5)テモテは,エホバが報いてくれることを確信していたでしょう。(ロマ 2:6,7)塔研24.06 22-23ページ10-11節

9月8日,火曜日

エホバは預言者[たち]皆を通して,イスラエルとユダに……警告し続けた。(王二 17:13)

エホバは預言者たちによって警告を与え,イスラエル人を正そうとしました。例えば,エレミヤを通してこう言いました。「背信のイスラエルよ,戻りなさい……。私は怒ってあなたたちを見下げることはしない。揺るぎない愛を抱いているからである……。私はいつまでも憤慨することはない。ただ,自分の罪を認めなさい。あなたは,あなたの神エホバに背いたのである」。(エレ 3:12,13)また,ヨエルを通して,「心を尽くして私のもとに戻れ」と言いました。(ヨエ 2:12,13)さらに,イザヤにこう伝えさせました。「自分を清めなさい。もう私の前で悪いことをしてはならない。悪を行うのをやめなさい」。(イザ 1:16-19)エゼキエルにはこう言うよう指示しました。「私は,悪い人の死を少しでも喜ぶだろうか。かえって,その人が悪い行いをやめて生き続けることを喜ぶのではないか。……私は誰の死をも喜ばない。悔い改めて生き続けなさい」。(エゼ 18:23,32)人々が自分の罪を悔い改めるのを見る時,エホバは本当に喜びます。いつまでも生き続けてほしいと願っているからです。塔研24.08 9ページ5-6節

9月9日,水曜日

聖書全体は神の聖なる力の導きによって書かれたもので,……役立ちます。(テモ二 3:16)

エホバに仕える人たちはみんな,エホバとの絆を強めるのに必要なことを学ぶことができ,導きや保護を与えられています。エホバが公平な方であることは,聖書を世界中の人に読めるようにしていることからも分かります。聖書はもともとヘブライ語,アラム語,ギリシャ語の3つの言語で書かれました。では,聖書を原語で読める人の方がエホバと強い絆を持てるということですか。いいえ,そういうわけではありません。(マタ 11:25)高い教育を受けていたり,聖書の原語に関する知識を持っていたりしなくても,エホバの友達になることができます。エホバは,どんな教育を受けているかに関わりなく,世界中の全ての人がエホバの知恵から学べるようにしてくださっています。実際,聖書は何千もの言語に翻訳されているので,世界中の人が聖書を学び,エホバと親しくなる方法を知ることができます。(テモ二 3:16,17)塔研24.06 6-7ページ13-15節

9月10日,木曜日

[エルサレムの]荒廃が近づいた。(ルカ 21:20)

イエスが予告していたように,ユダヤ人の体制の終わりが近づいていました。クリスチャンは残された時間を活用し,信仰や忍耐力を強める必要がありました。(ヘブ 10:25; 12:1,2)私たちはヘブライ人のクリスチャンたちよりもさらに大きな患難に直面することになります。(マタ 24:21。啓 16:14,16)当時のクリスチャンに与えられたアドバイスは私たちのためにもなります。その幾つかを考えてみましょう。パウロはヘブライ人のクリスチャンに宛てた手紙の中で,神の言葉をより深く掘り下げて学ぶよう勧めました。(ヘブ 5:14–6:1)また,ヘブライ語聖書から,クリスチャンの崇拝がユダヤ教よりも優れていることを兄弟たちに説明しました。パウロは,間違った考えを見極めて避け,真理から離れないようにする上で,真理に対する知識や理解を深めることが役に立つということを知っていました。塔研24.09 8ページ2-3節,10ページ6節

9月11日,金曜日

主は本当に生き返っ[た]。(ルカ 24:34)

イエスの弟子たちに励ましが必要だったのはどうしてでしょうか。弟子たちの中には,イエスに従うために家族に別れを告げ,家や仕事を手放した人たちがいました。(マタ 19:27)また,イエスの弟子になったために,みんなからのけ者にされた人もいました。(ヨハ 9:22)弟子たちがそうした犠牲を払ったのは,イエスを約束されたメシアだと信じていたからでした。(マタ 16:16)でもイエスが殺された時,希望が打ち砕かれたように感じてがっかりしてしまいました。イエスは弟子たちが気落ちしている様子を見ても,信仰が弱くなったとは考えなかったことでしょう。それが大変な経験をした時の自然な反応であることを理解していたからです。それで,イエスは復活したその日から友である弟子たちを力づけるために行動しました。例えば,墓で泣いていたマリア・マグダレネの前に現れました。(ヨハ 20:11,16)また,エマオという村に向かっていた2人の弟子たちの前にも現れました。ペテロにも会いに行きました。塔研24.10 13ページ5-6節

9月12日,土曜日

皆さんの抱く希望について説明を求める人にいつでも弁明できるよう,準備しておきましょう。(ペテ一 3:15)

親の皆さん,創造者がいると信じていることを説明できるようお子さんを助けましょう。jw.orgの「若い人は尋ねる 創造? それとも進化?」というシリーズの記事を一緒に振り返ることができます。その後,ほかの人が創造者についての真理を理解できるよう助けるために,どうやって説明するのが一番良いと思うかを子供と話し合ってください。話し合う気のある友達と話すときにはシンプルに説明するよう勧めましょう。例えば,学校の友達は「自分は見えるものしか信じないし,神なんか見たことない」と言うかもしれません。そんなとき,こう言えます。「町から遠く離れた森の中を歩いていて,立派な家を見つけたとしたらどう思う? 家があるってことは造った人がいるってことだよね。地球も一緒だと思わない?」塔研24.12 18ページ16節

9月13日,日曜日

老人には知恵があると思わないか。長く生きている人には理解力があると思わないか。(ヨブ 12:12)

私たちはみんな,生活の中で大きな決定をするときにアドバイスを必要としています。そうしたアドバイスは,長老たちや経験を積んだ兄弟姉妹からもらうことができます。でも,自分よりずっと年上だからといって,そうした人たちのアドバイスは時代遅れだとすぐに決め付けてはいけません。年長の人たちは,長い人生経験や理解力や知恵を持っています。エホバはそうした人たちから学んでほしいと思っています。聖書時代にエホバは,年長の人たちを通してご自分の民を励まし,導きました。例えば,モーセ,ダビデ,使徒ヨハネがいます。3人は生きていた時代も置かれていた状況も全く違っていました。でも人生の終わり頃に,若い人たちに良いアドバイスを与えました。3人とも,エホバに従うことがどれほど大切かを教えました。私たちは年齢に関係なく,そうした人たちの言葉から大切なことを学べます。(ロマ 15:4。テモ二 3:16)塔研24.11 8ページ1-2節

9月14日,月曜日

人の子の肉を食べず,その血を飲まない限り,自分の内に命を持てません。(ヨハ 6:53)

ノアの時代,神は血を食べることを禁じました。(創 9:3,4)イスラエルに与えた律法の中でもそれを禁じました。血を食べる人は「除かれ」る,つまり死刑にされることになっていました。(レビ 7:27)イエスは人々に律法を守るよう教えました。(マタ 5:17-19)それでイエスがユダヤ人たちに,実際にイエスの肉を食べ,血を飲むように勧めたとは考えられません。これは比喩表現でした。イエスは以前サマリア人の女性にこう言ったことがあります。「私が与える水は……永遠の命を与える」。(ヨハ 4:7,14)イエスはサマリア人の女性に,文字通りの水を飲めば永遠の命が得られると言っていたのではありません。同じようにカペルナウムの群衆にも,文字通りイエスの肉を食べ血を飲むなら永遠に生きられる,と言っていたのではありません。塔研24.12 9ページ4-6節

9月15日,火曜日

自分の体を,生きた犠牲,神に受け入れられる聖なる犠牲として差し出してください。理性を働かせて神聖な奉仕をするのです。(ロマ 12:1)

クリスチャンの夫は,世の中に見られる女性に対する間違った見方に注意する必要があります。人の考え方や見方は行動に影響を与えるからです。パウロは天に行くよう選ばれたローマのクリスチャンに,「今の体制によって形作られるのをやめてください」と警告しました。(ロマ 12:1,2)パウロがこの手紙を書いた時,兄弟姉妹はクリスチャンになってからしばらくたっていたと思われます。でもパウロの言葉から分かる通り,当時の会衆には世の中の考え方や習慣の影響を受けている人たちがいたようです。それで,パウロはそうした人たちに考え方や振る舞いを変えるようにと強く勧めました。現代のクリスチャンの夫たちも,この助言を真剣に受け止めることは大切です。残念なことに,兄弟であったとしても,世の中の考え方の影響を受けている人や,妻にひどいことをしてしまう人さえいるからです。塔研25.01 9ページ4節

9月16日,水曜日

皆さんに委ねられた神の羊の群れを世話してください。……監督として奉仕し[ましょう]。(ペテ一 5:2)

長老たちは忙しく働いています。長老たちは伝道を熱心に行い,奉仕の区域を組織し,上手に伝道したり教えたりできるように訓練しています。(テモ二 4:5)憐れみ深く公平に裁く責任もあります。会衆の誰かが重大な罪を犯したとき,長老たちはその人がエホバとの絆を取り戻せるように一生懸命助けます。また,会衆の清さにも気を配っています。(コリ一 5:12,13。ガラ 6:1)そして何よりも,長老たちには神の羊を世話するという役割もあります。(ペテ一 5:1-3)よく準備して聖書に基づく話をし,会衆のみんなをよく知るようにし,牧羊訪問を行います。こうしたことに加えて,王国会館の建設やメンテナンス,また大会の組織に関する仕事をサポートしている長老たちもいます。医療機関連絡委員会や患者訪問グループに関わる奉仕をしている兄弟たちもいます。長老たちは私たちのために本当に一生懸命働いてくれています。塔研24.10 20ページ9節

9月17日,木曜日

アダムのゆえに全ての人が死んでいくように,キリストのゆえに全ての人が生かされる。(コリ一 15:22)

聖書の中で買い戻しという言葉は,贖いが支払われることによって解放されたり無罪とされたりすることを指しています。そのことを使徒ペテロは次のように説明しています。「ご存じのように,父祖たちから受け継がれてきたむなしい生き方から皆さんが自由にされた[直訳,「贖われた」,「買い戻された」]のは,銀や金といった朽ちる物によるのではありません。傷も汚点もない子羊の血のような貴重な血,つまりキリストの血によるのです」。(ペテ一 1:18,19,脚注)贖いの犠牲のおかげで,私たちは苦しみの原因となっている罪と死の支配から自由になることができます。(ロマ 5:21)イエスの貴重な血つまり命によって買い戻していただいたことを考えると,エホバとイエスに対して本当に恩義を感じるのではないでしょうか。塔研25.02 5ページ15-16節

9月18日,金曜日

いつも用心している人は幸福だ。(格 28:14)

どうすれば誘惑から自分を守れるでしょうか。格言 7章に出てくる若者の例から学びましょう。その若者は不道徳な女性と性的不道徳を犯しました。22節には「突然」その女性に付いていったとあります。でも,前の部分を見ると,若者が幾つかの段階を踏んで徐々に罪に近づいていったことが分かります。どんなことが罪を犯すことにつながっていったでしょうか。まず,若者は晩に「[不道徳な]女性の家への曲がり角の近くを通り」ました。そして,その女性の家の方に進んでいきます。(格 7:8,9)さらに,女性を見てもそこから立ち去りませんでした。若者は彼女の口づけを受け入れ,女性が共食の犠牲を捧げたことについて話すのをじっと聞きました。女性はその若者に,自分が悪い人ではないと思わせようとしていたのかもしれません。(格 7:13,14,21)もしこの若者が罪へとつながりかねない危険を避けていたなら,誘惑に負けて罪を犯すことはなかったでしょう。塔研24.07 16ページ8-9節,19ページ19節

9月19日,土曜日

優しく許して慰める。(コリ二 2:7)

エホバは会衆の中で重大な罪が行われることを大目に見たりされません。ある人は,エホバは憐れみ深いので,罪を悔い改めなくても兄弟姉妹と交友を持ち続けられるようにしてくださると考えるかもしれません。でも,それはエホバの見方ではありません。エホバは確かに憐れみ深い神ですが,何でも許容するわけではなく,正しさの基準を下げることもありません。(ユダ 4)実のところ,間違った憐れみを示すなら,会衆のみんなを危険にさらしてしまいます。(格 13:20。コリ一 15:33)でも,私たちが知っている通り,エホバは一人も滅ぼされないでほしいと思っています。可能な時にはいつでも救いたいと思っています。心を入れ替え,ご自分との絆を取り戻したいと思っている人に,憐れみを示します。(エゼ 33:11。ペテ二 3:9)それでエホバはコリントの会衆に,以前に罪を犯した人を許して再び迎え入れるように,とパウロを通して指示しました。その人が悔い改めて,罪深い生き方をやめていたからです。塔研24.08 16ページ7節,18-19ページ14-15節

9月20日,日曜日

これら私の兄弟のうち最も目立たない人の1人にしたのは,それだけ私にしたのです。(マタ 25:40)

イエスは人を羊とヤギに分ける時,天に行くよう選ばれた兄弟たちをサポートしたかどうかに基づいて裁きます。(マタ 25:31-46)イエスは「大患難」の期間中,ハルマゲドンの少し前にこの裁きを行います。(マタ 24:21)天に行くよう選ばれた兄弟姉妹を忠実にサポートした人たちを,そうしなかった人たちから分けます。ちょうど羊飼いが羊をヤギから分けるかのようにです。聖書の預言によると,イエスはエホバから裁きを行うよう任命され,正しい裁きを行います。(イザ 11:3,4)人の言葉や態度や行動を観察します。天に行くよう選ばれた兄弟たちにどう接したかにも注目します。(マタ 12:36,37)イエスは誰が選ばれた兄弟たちとその活動をサポートしたかを知っています。選ばれたキリストの兄弟たちをサポートする上で特に大切なのは,伝道活動を行うことです。塔研24.09 20ページ3-4節

9月21日,月曜日

全てのことを確かめてください。(テサ一 5:21)

自分の考えが聖書に書かれていることと合っているか確かめましょう。例えば,若い人がエホバは自分のことを気に掛けてくれていないんじゃないかと思う場合,その疑問をそのままにしておいてよいでしょうか。いいえ。「全てのことを確かめ」て,エホバがどう考えているかを調べる必要があります。私たちは聖書を読む時,エホバが語り掛けている声を聞くことができます。でも,自分が持っている疑問についてエホバがどう考えているかを知るためには努力が要ります。ただ読むだけではなく,気になっている点に関係している箇所を探して読む必要があります。そして,エホバが用意してくださっているいろいろな調査ツールを使って詳しく調べることができます。(格 2:3-6)調査する時,エホバの考えを見つけられるように助けてください,と祈りましょう。そして,自分の状況にぴったり合う聖書の言葉や役立つ情報を探しましょう。塔研24.10 25ページ4-5節

9月22日,火曜日

[愛は]自分のことばかり考え……ません。(コリ一 13:5)

誇りや野心の気持ちから努力を払うとしても,エホバがそれを喜ぶことはありません。(コリ一 10:24,33; 13:4)イエスの親しい使徒たちでさえ,間違った動機で特別な立場を求めてしまったことがありました。ヤコブとヨハネのことを考えてみましょう。2人は王国で高い地位を与えてくれるようにとイエスにお願いしました。でも,イエスはそのことで2人を褒めるのではなく,12使徒全員にこう言いました。「偉くなりたい人は奉仕者でなければならず,1番でありたい人は皆の奴隷でなければなりません」。(マル 10:35-37,43,44)ほかの人に仕える,という正しい動機で働く兄弟たちは,会衆のみんなに喜ばれます。(テサ一 2:8)塔研24.11 15-16ページ7-8節

9月23日,水曜日

助言者が多ければ達成される。(格 15:22)

何かを決定するとき,愛があれば「人」のためになることを優先し,慎みを示します。(コリ一 10:23,24,32。テモ一 2:9,10)このように決定するなら,他の人への愛と敬意を表せます。大きな決定をするときは,決定後にどんなことが必要になるかを考えましょう。イエスは「費用を計算し」なさいと教えました。(ルカ 14:28)決定がうまくいくようにするために必要な時間と費用と労力を考えましょう。場合によっては家族に相談して,そのために一人一人がどのように協力できるかを話し合っておくこともできます。こうすることが大切なのはなぜでしょうか。決定を調整することが必要になったり,より良い選択肢が見つかったりするかもしれません。前もって家族に相談して意見を聞いておくなら,うまくいくよう喜んで協力してくれるでしょう。塔研25.01 18-19ページ14-15節

9月24日,木曜日

歓喜し,……喜びなさい。(イザ 65:18)

イザヤは,私たちが「歓喜し,……喜」べる理由について書いています。エホバを崇拝するこの素晴らしい環境は,エホバがつくったものです。(イザ 65:18,19)エホバは私たちを用いて,うそを教えられてきた人たちがエホバの家族に加われるように助けています。私たちは,エホバの家族の中でたくさんの喜びを味わっています。そして,ほかの人たちにもぜひこの喜びを味わってほしいと思います。(エレ 31:12)私たちはエホバとの絆があるおかげで,将来の素晴らしい希望を持つことができています。これは本当にうれしいことです。聖書によると,私たちは「家を建てて住み,ブドウ園を造って実を食べ」ます。「エホバに祝福され」,「無駄に労苦することはなく」なります。安心して,目的のある充実した人生を送ることができます。エホバは,私たちにどんなものが必要かを知ってくれています。そして,「生きている全てのものの願いをかなえ」てくださいます。(イザ 65:20-24。詩 145:16)塔研24.04 22-23ページ11-12節

9月25日,金曜日

神は私の強固な岩,避難所。(詩 62:7)

エホバを自分にとって岩のような存在と見るなら,エホバを心から信頼することができます。大変な状況の中でもエホバに従うなら必ず良い結果になると信じることができます。(イザ 48:17,18)エホバの助けを経験するたびに,エホバへの確信は深まっていきます。そして,これからどんな試練を経験するとしても,エホバなら必ず私たちを助けることができる,と思うようになるでしょう。エホバは大きな岩のようにしっかりと安定していて,変わらない方です。気まぐれな性格ではなく,決めたことを必ず実現させます。(マラ 3:6)エデンで反逆が起きた時も動じることはありませんでした。使徒パウロも,エホバは「ご自分を否定することができない」と書いています。(テモ二 2:13)つまり,どんなことがあっても,誰が何をしようとも,エホバは振り回されたりせず,ご自分の考えや基準を変えることもないということです。それで私たちは,動揺させられるような状況でもエホバが助けてくださることや,将来の約束を必ず果たしてくださることを確信して頼ることができます。(詩 62:6,7)塔研24.06 27-28ページ7-8節

9月26日,土曜日

自分の内面[は]とても価値があります。(ペテ一 3:4)

今付き合っているなら,結婚するかどうか決めるのに何が役立ちますか。互いをよく知ることです。もちろん,付き合い始める前から相手のことをいくらか知っていたでしょう。でも,今はその人の「内面」をよく知る必要があります。自分の夫や妻になるかもしれない人がエホバとどれほど強い絆を持っているか,どんな性格や考え方をしているかをもっと知るようにしましょう。やがて次のようなことがはっきり分かってくるはずです。「この人は自分にとって良い結婚相手といえるだろうか」。(格 31:26,27,30。エフェ 5:33。テモ一 5:8)「お互いが必要としている愛情や関心を示せるだろうか。お互いの欠点を受け入れられるだろうか」。(ロマ 3:23)覚えておきたい点があります。似ているところがあるからといって相性がいいとは限りません。大切なのは,互いの違いにどれほど合わせられるかです。塔研24.05 27ページ5節

9月27日,日曜日

私はエホバに対して罪を犯しました。(サム二 12:13)

ダビデ王は重大な罪を犯しました。でも預言者ナタンからその罪について指摘された時,謙遜に悔い改めました。(詩 51:3,4,17,表題)ヒゼキヤもエホバに対して罪を犯しました。(代二 32:25)でも,ダビデと同じようにヒゼキヤは謙遜に悔い改めました。(代二 32:26)最終的には,エホバから見て「正しいことを行い続けた」忠実な王として記録されています。(王二 18:3)どんなことを学べるでしょうか。私たちは罪を心から悔い改め,同じことを繰り返さないようできる限りのことをする必要があります。もし,ささいに思えるような点について会衆の長老たちから助言を受けたならどうでしょうか。自分はエホバから愛されていないとか,長老たちから嫌われているとは考えないでください。イスラエルの良い王たちであっても,助言や戒めを受けることがありました。(ヘブ 12:6)間違いを正された時,(1)謙遜に受け入れ,(2)必要な調整を行い,(3)心を込めてエホバへの奉仕を続けてください。犯した罪を反省して悔い改めるなら,エホバは私たちのことを許してくださいます。(コリ二 7:9,11)塔研24.07 21ページ8-9節,22ページ11節

9月28日,月曜日

皆さんの中から悪い人を除きなさい。(コリ一 5:13)

重大な罪を犯した人は,長老たちが繰り返し助けようとしても,それを受け入れようとしないなら,会衆から除かれます。(王二 17:12-15)その人はエホバの基準に従いたくないと思っていることを行動で示していることになります。(申 30:19,20)その人がエホバの証人ではなくなったことは会衆に知らされます。そうするのは,罪を犯した人に恥をかかせるためではありません。会衆の人が,「そのような人とは交友するのをやめなさい。一緒に食事をしてもなりません」という聖書の指示に従えるようにするためです。(コリ一 5:9-11)このような指示が与えられていることには,もっともな理由があります。パウロは「少しのパン種が生地全体を発酵させる」と書きました。(コリ一 5:6)会衆の人が悔い改めようとしない人と交友を持つなら,エホバの正しい基準に従う決意が弱まってしまう危険があります。(格 13:20。コリ一 15:33)塔研24.08 26-27ページ3-4節

9月29日,火曜日

力を与えてくださる方のおかげで,私は強くなり,どんなことも乗り越えられます。(フィリ 4:13)

私たちはほかの人に力を与えられるわけではありません。でも,自分の持っている力をほかの人を助けるために使うなら,エホバに倣うことができます。例えば,高齢や病気の兄弟姉妹のために用事をしたり家事を手伝ったりすることができるかもしれません。また,王国会館の清掃やメンテナンスを手伝うこともできます。言葉によっても人を力づけることができるということを忘れないでください。心からの褒め言葉を掛けたい人が誰かいますか。慰めの言葉を必要としている人がいるでしょうか。もしそうなら,自分から行動しましょう。その人の家を訪問したり,電話をかけたり,手紙やメールやメッセージを送ったりすることもできるかもしれません。あまり気の利いたことが言えないとしても大丈夫です。たとえ多くを語らなくても,心から気遣う言葉には大きな力があります。それは兄弟姉妹にとって,一日頑張ってエホバに仕える力になり,前向きな気持ちを保つための助けになることでしょう。(格 12:25。エフェ 4:29)塔研24.09 28ページ8-10節

9月30日,水曜日

監督になろうと努めている人は,立派な仕事を望んでいます。(テモ一 3:1)

援助奉仕者として奉仕しているなら,長老になるために必要な資質を磨いてきたことでしょう。では,長老という「立派な仕事」を行うことを目標にできますか。長老の仕事にはどんなことが含まれているでしょうか。率先して宣教を行い,牧羊や教えることに一生懸命取り組み,言葉や行いで会衆を元気づけます。このように頑張って働いている長老たちは,聖書にある通り「人々という贈り物」です。(エフェ 4:8)どうすれば長老として奉仕できるでしょうか。長老としての資格は,仕事に就くための資格とは違います。大抵,世の中では,求人募集されている仕事のスキルを持っているなら仕事に就くことができます。でも長老になるためには,伝道や教えるスキルを持っているだけでは不十分です。テモテ第一 3章1-7節とテトス 1章5-9節に載せられている資格を満たしている必要があります。塔研24.11 20ページ1-3節

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