4月
4月1日,水曜日
私の父が望むのは,子を認めて信仰を抱く人が皆,永遠の命を受けることなのです。(ヨハ 6:40)
永遠に生きるためにはイエスの贖いに信仰を抱く必要があります。(エフェ 1:7)「ほかの羊」と呼ばれている人たちは,毎年主の晩餐でパンを食べぶどう酒を飲むことはありませんし,そうすべきでもありません。(ヨハ 10:16)でも,イエスの犠牲が持つ命を救う力に信仰を抱くことによって,イエスの肉と血から恩恵を受けることができます。(ヨハ 6:53)一方,新しい契約に入っていて将来天の王国で統治する人たちは,パンを食べぶどう酒を飲みます。天に行くよう選ばれた人たちも,ほかの羊も,永遠に生きるためにはイエスの贖いに信仰を抱く必要があります。塔研24.12 13ページ14,16節
記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン12日)マタイ 26:1-5,14-16。ルカ 22:1-6
記念式を行う日
日没後
4月2日,木曜日
恐れることはありません,小さな群れよ。天の父は,あなたたちに王国を与えることを喜んでいます。(ルカ 12:32)
イエスは主の晩餐で使徒たちに無酵母パンを渡し,これは自分の体を表していると教えました。次にぶどう酒を渡し,これは「契約の血」を表していると言いました。(マル 14:22-25。ルカ 22:20。コリ一 11:24)新しい契約は,「神の王国」に入る比喩的な「イスラエル国民」と結ばれるものです。(ヘブ 8:6,10; 9:15)イエスは主の晩餐の時,「小さな群れ」について述べていました。その時,イエスと一緒に部屋にいた忠実な使徒たちが,「小さな群れ」の最初のメンバーになりました。その人たちは天でイエスと共になります。塔研24.12 11ページ9-10節
記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン13日)マタイ 26:17-19。マルコ 14:12-16。ルカ 22:7-13(日没後の出来事: ニサン14日)ヨハネ 13:1-5; 14:1-3
4月3日,金曜日
神は,自分の独り子を与えるほどに人類を愛したのです。そのようにして,独り子に信仰を抱く人が皆,滅ぼされないで永遠の命を受けられるようにしました。(ヨハ 3:16)
イエスは裏切られ,捕らえられ,ひどいことを言われ,中傷され,有罪とされ,拷問まで受けました。最後には兵士たちによって杭に掛けられ,処刑されました。イエスがこうした苦しみを忍耐している時,誰よりもつらい気持ちでいたのはエホバ神です。エホバは無限の力を持っているにもかかわらず,止めに入ることはしませんでした。どうしてでしょうか。それは私たちを愛しているからです。イエスの犠牲ほど,エホバがあなたのことを本当に愛していることを示すものはありません。エホバは何としてでもあなたを罪と死から救いたいと思っています。そのために,大切な息子を犠牲にするという耐えがたい苦しみを味わったのです。(ヨハ一 4:9,10)エホバは確かに,私たち一人一人が罪と闘い,やがて完全に勝利を収めることを願っています。塔研24.08 6ページ13-14節
記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン14日)ヨハネ 19:1-42
4月4日,土曜日
キリスト[は]皆さんのために苦しみ……ました。(ペテ一 2:21)
贖いがエホバにとってどれほど大きな犠牲であったかを考えると,エホバが私たちをどれほど深く愛しているかがよく分かります。サタンは,人は神に仕えるのが難しくなると神から離れると主張しています。それが間違っていることを示すため,エホバはイエスが死の前に苦しみに遭うことを許しました。(ヨブ 2:1-5)エホバが見ている中で,イエスは反対者にあざけられ,兵士たちにひどくむち打たれ,杭にくぎ付けにされました。その後,愛する子イエスは苦しみの死を遂げました。(マタ 27:28-31,39)エホバは止めようと思えば,いつでもそうする力がありました。(マタ 27:42,43)しかし,神が介入していたなら,贖いは支払われず,私たちには希望がなかったでしょう。それで,エホバはイエスが息を引き取るまで苦しみに遭うのを許しました。塔研25.01 22ページ7節
記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン15日)マタイ 27:62-66(日没後の出来事: ニサン16日)ヨハネ 20:1
4月5日,日曜日
イエスは……40日にわたって現れ……ました。(使徒 1:3)
西暦33年のニサン16日のことです。イエスの弟子たちは悲しみと不安な気持ちでぼうぜんとしていました。そのうちの2人がエマオという村に向かいます。ある人が2人に近づいてきて,一緒に歩き始めます。弟子たちはイエスが亡くなってがっかりしていることを話します。それに対してその人が話した内容は,2人にとって決して忘れられないものになりました。「モーセと全ての預言者の書から始めて」,メシアがどうして苦しんで死ぬ必要があったのかを説明してくれたのです。エマオに到着した後,その人が復活したイエスであることが分かります。(ルカ 24:13-35)イエスは天に戻るまでの40日間に,弟子たちの前に何度も現れました。そして,悲しみや不安でいっぱいだった弟子たちを元気づけます。おかげで弟子たちは喜びを取り戻し,勇気と確信を持って王国の良い知らせを伝え,人々を教えることができるようになりました。塔研24.10 12ページ1-3節
記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン16日)ヨハネ 20:2-18
4月6日,月曜日
極めて聖なる信仰によって自分を力づけ[てください]。(ユダ 20)
子供は時間がたてば成長していくものですが,クリスチャンとしての成長はそうはいきません。コリントの兄弟姉妹は良い知らせを信じるようになり,バプテスマを受けました。そして聖なる力を受け,使徒パウロからじかに教えてもらうという経験もしました。(使徒 18:8-11)でも,バプテスマから数年たっても多くの人は十分に成長していませんでした。(コリ一 3:2)クリスチャンとして大人になるためには,そうなりたいという気持ちをまず育てる必要があります。「経験のなさを好む」人は,クリスチャンとして子供のままでいる方がいいと考え,成長しようとしません。(格 1:22)でも私たちは,見た目は大人なのに親がいないと何も決められない人のようになりたいとは思わないはずです。自分のことには自分で責任を持ち,エホバとの絆を強めていきたいと思うことでしょう。クリスチャンとして大人になることを目指しているなら,「行動するための意欲と力の両方を」求めてエホバに祈ってください。(フィリ 2:13)塔研24.04 4ページ9-10節
4月7日,火曜日
エホバは,……一人も滅ぼされ[ない]ことを望んでいる。(ペテ二 3:9)
エホバは人間を滅ぼすことについてどう思っているかを教えてくれています。(エゼ 33:11)エホバは十分な理由がない限り,誰かを永久に滅ぼすようなことはしません。エホバは可能な限りいつでも憐れみを示してくださるのです。復活しない人たちについて,私たちはどんなことを知っていますか。この点について聖書には幾つかの例しか載せられていません。イエスは,ユダ・イスカリオテは復活しないと言いました。(マル 14:21。ヨハネ 17:12と注釈も参照。)ユダは,自分がしていることがエホバやイエスに反抗していることになるということを知っていながら故意にそうしたからです。(マルコ 3:29と注釈を参照。)またイエスは,自分に敵対した宗教指導者たちには復活の希望がないと言いました。(マタ 23:33。ヨハネ 19:11と注釈「人」の項目を参照。)使徒パウロも,悔い改めない背教者たちには復活の希望はないと警告しています。(ヘブ 6:4-8; 10:29)塔研24.05 4ページ10-11節
4月8日,水曜日
エホバは忠実な人を保護する。(詩 31:23)
エホバのそばにとどまっている限り,サタンの攻撃によっていつまでも苦しめられるということはありません。(ヨハ一 3:8)新しい世界でも,エホバはご自分の友を守ります。エホバとの絆を持ち続けられるよう助け,死さえも取り除いてくださいます。(啓 21:4)エホバの天幕に招かれ,エホバとずっと続く友情を持てるというのは,本当に光栄なことです。(エゼ 37:27)エホバの天幕にとどまりたいと思うなら,どんなことをする必要がありますか。誰かの家に招かれた場合,その家の人の失礼にならないようにしたいと思うでしょう。同じように,エホバの天幕にとどまりたいなら,エホバがどんなことを望んでいるかをぜひ知りたいと思うことでしょう。私たちはエホバを愛しているので,できる限りのことをして「全ての点で神に喜ばれ」る人になろうとします。(コロ 1:10)どんな時もエホバに深い敬意を示しましょう。そうするなら,エホバを嫌な気持ちにさせるような行動を避け,「慎みを持って神と共に歩むこと」ができます。(ミカ 6:8)塔研24.06 4ページ8-9節
4月9日,木曜日
彼は……違反者たちのために仲裁した。(イザ 53:12)
ある時,エホバはアブラハムに,息子のイサクを犠牲として捧げるようにという指示を与えました。これは,アブラハムにとって最もつらいことだったに違いありません。それでもアブラハムはエホバに従おうとしました。アブラハムがイサクを殺そうとしたその時,エホバはそれを止めました。この出来事から,信仰を持つ全ての人は大切な点を学べます。エホバは,愛する独り子を犠牲として進んで差し出してくださいました。それほどまでに私たち人間のことを愛してくださっているのです。(創 22:1-18)数百年後にイスラエル国民に与えられた律法では,神の民の罪を償うためにたくさんの犠牲を捧げることが求められました。(レビ 4:27-29; 17:11)そうした犠牲は,人類を罪から完全に救うためにより優れた犠牲が必要であることを示していました。預言者たちは聖なる力に導かれて,約束の子孫が人類を罪と死から救うため,苦しんで死ぬことになると説明しました。後に,その子孫は神の特別な子であることが明らかになります。約束の子孫が犠牲になったのは,あなたを救うためでもあります。(イザ 53:1-12)塔研24.08 4ページ7-8節
4月10日,金曜日
私はあなたの律法を愛してやまない! 一日中じっくり考える。(詩 119:97)
いつ聖書を読むとしても,読んだ内容を実践する方法を探すようにしましょう。聖書を読む時は,「この情報を今または近い将来にどのように活用できるだろうか」と考えます。例えば,テサロニケ第一 5章17,18節を読んでいるとします。読み終わった後にいったん止まって,自分がどれくらいの頻度でどれほど真剣に祈っているか考えます。また,どんなことに感謝できるかをじっくり考えます。そして,エホバに感謝していることを3つ祈ろうと思うかもしれません。このように数分じっくり考えるだけでも,神の言葉を聞いて実践する点で成長できます。こうしたことをほかの聖句でも毎日行うならどうなるでしょうか。神の言葉を実践する人として,ますます成長していくに違いありません。塔研24.09 4-5ページ9-10節
4月11日,土曜日
よく気を付けて,私たちが働いて生み出したものを失わないようにし,十分な報いを得られるようにしなさい。(ヨハ二 8)
エホバは人間が何かをしてもらったときだけでなく,人のために何かをするときにもっと幸せになるように造ってくださいました。仲間の助けになれると幸せを感じるものです。感謝されるとうれしくなります。でも,感謝してもらえるかどうかに関わりなく,正しいことができたことを喜べます。私たちが人のために何を与えるとしても,「エホバはそれ以上のものを[私たち]に与えることができます」。(代二 25:9)払った犠牲をはるかに超える良いものを与えてくださいます。エホバに喜んでいただける以上にうれしいことはありません。では,気前よく与えてくださる天のお父さんエホバにこれからも倣っていきましょう。塔研24.09 31ページ20-21節
4月12日,日曜日
私の神エホバ,心を込めてあなたを賛美し,あなたの名を永遠にたたえます。(詩 86:12)
エホバは憐れみ深く,思いやりのある方です。(詩 103:13。イザ 49:15)私たちがつらい時には,同じようにつらく感じてくださいます。(ゼカ 2:8)親しみやすく,私たちの友になってくれます。(詩 25:14。使徒 17:27)エホバは謙遜な方です。次の言葉の通りです。「神は身をかがめて天と地を見る。立場が低い人を地面から起き上がらせる」。(詩 113:6,7)このように素晴らしい神であることを考えると,エホバをたたえたいという気持ちになります。私たちは他の人にもエホバについて知ってほしいと思っています。エホバについて本当のことを知らない人はたくさんいます。サタンがエホバについてのひどいうそを広めて,人々の思考を遮っているからです。(コリ二 4:4)サタンは人々に,エホバは恐ろしい神だとか,人間のことを気に掛けていないとか,世の中に苦しみが多いのは神のせいだと思い込ませています。でも私たちは,エホバが本当はどんな方かを知っています。エホバがどれほど素晴らしい方であるかをみんなに伝えることによって,私たちはエホバをたたえることができます。(イザ 43:10)塔研25.01 3ページ6-7節
4月13日,月曜日
サタン[は]全世界を惑わしている。(啓 12:9)
イエスは神の子で,欠けたところがなく,素晴らしい奇跡を幾つも行いました。でもサタンは,反対者たちを使ってイエスについていろいろなうそを広めました。例えば,宗教指導者たちは,イエスが邪悪な天使を追い出せるのは「邪悪な天使の支配者」から力をもらっているからだと言いました。(マル 3:22)イエスの裁判の時には,神を冒瀆したという理由でイエスを訴え,群衆をあおってイエスが死刑になるように仕向けました。(マタ 27:20)後にイエスの弟子たちが良い知らせを伝えた時にも,反対者たちは「人々をあおり立て,……悪感情を抱かせた」ため,クリスチャンは厳しい迫害を経験しました。(使徒 14:2,19)使徒 14章2節について「ものみの塔」1998年12月1日号にはこう書かれています。「反対するユダヤ人たちは,音信そのものを退けるだけでは満足せず,組織的中傷を開始し,異邦人に偏見を抱かせてクリスチャンに敵対させようとしたのです」。サタンは今でも「全世界を惑わして」います。塔研24.04 11ページ15-16節
4月14日,火曜日
地上の人全てを裁く方は,正しいことを行われるのではありませんか。(創 18:25)
いつ死ぬかによって永遠に生きられるかどうかが決まるわけではありません。エホバは完璧な裁きを行う方なので,どんな時も正しくて公平な判断をしてくださいます。(詩 33:4,5)私たちは「地上の人全てを裁く方」が必ず正しいことを行ってくださると確信できます。永遠に生きられるかどうかはどこに住んでいるかで決まるわけでもありません。王国のメッセージを聞くことができない地域に住んでいるからといって,エホバがそれらの人たちをみんなまとめて“ヤギ”と見なすとは考えられません。(マタ 25:46)地上の人全てを正しく裁くエホバは,誰よりも一人一人のことを大切に思っています。大患難の最中にエホバがどのように物事を動かすか,私たちには分かりません。もしかすると,その期間中にエホバについて学んで信仰を持ち,エホバがご自分の名前を神聖なものとする時にエホバの側に立つ人がいるかもしれません。(エゼ 38:16)塔研24.05 12ページ14-15節
4月15日,水曜日
互いを愛する。(ヨハ 15:12)
エホバに仕える人たちは喜んで助け合います。(コリ二 8:4)でも,そうするのに勇気が必要なときもあります。例えば戦争が起きると,兄弟姉妹は生きていくためにもエホバとの絆を守るためにも,励ましやサポートを必要とします。長老たちはエホバの羊である兄弟姉妹を愛しているので,仲間が何を必要としているのか気付き,たとえ危険があるとしても仲間のために行動します。そのような時には一致団結することが大切です。支部事務所の指示に沿って行動しましょう。(ヘブ 13:17)長老たちは,災害にどう備えるかや,災害が起きた時にどうすべきかについて組織から与えられている指示を定期的に復習する必要があります。(コリ一 14:33,40)勇気を持ちつつも注意深くあるようにしましょう。(格 22:3)よく考えて行動しましょう。不必要な危険を冒さないでください。エホバに頼るなら,エホバは私たちが仲間を安全にサポートできるように助けてくれます。塔研24.07 4ページ8節,5ページ11節
4月16日,木曜日
苦難の時に私はエホバに呼び掛けた。……助けを求める叫びが神の耳に届いた。(詩 18:6)
ダビデはエホバのことをよく知っていて,エホバに頼りました。サウル王が率いる敵たちに命を狙われていた時,助けを求めてエホバに祈りました。その祈りが聞かれてエホバに助け出された後,「エホバは生きている」と言いました。(詩 18:46)ここでダビデは,単にエホバが存在していると言っていたわけではありません。ある文献によると,ダビデはエホバについて,「ご自分に仕える人たちのためにいつでも行動する生きている神」であるという確信を言い表していました。ダビデは自分の経験を通して,エホバが生きていることを実感しました。そしてその確信は,エホバに仕え,エホバを賛美したいという決意を強めるものになりました。(詩 18:28,29,49)エホバが生きている神であることを確信しているなら,エホバに熱い心で仕えることができます。試練を忍耐する力が湧き,一生懸命奉仕を続けたいという気持ちになります。また,エホバから離れないという決意を強めることができます。塔研24.06 20-21ページ3-4節
4月17日,金曜日
誰にも,どんな方法によっても惑わされないようにしてください。(テサ二 2:3)
テサロニケのクリスチャンへのパウロの言葉からどんなことを学べるでしょうか。動揺させられるようなうわさや聖書の教えに沿わないことを聞いたとき,よく考えて判断することが大切です。以前,旧ソ連の兄弟たちの間で,世界本部から来ているように見せ掛けた手紙が出回ったことがありました。その手紙は反対者たちが偽造したもので,兄弟たちに独立した別の組織をつくるよう促す内容でした。それは本物らしく見えましたが,エホバを愛する兄弟たちはだまされませんでした。手紙の内容がそれまで教えられてきたことに沿っていないことに気付いたからです。今でも,真理に反対する人たちは,インターネットやソーシャルメディアを使って私たちを混乱させ,分裂させようとすることがあります。それで,「すぐに動揺して分別を失ったり」しないようにしましょう。見聞きすることがこれまで学んだ真理に沿っているかを考えるなら,自分を守ることができます。(テサ二 2:2。ヨハ一 4:1)塔研24.07 12ページ14-15節
4月18日,土曜日
もし誰かが罪を犯したとしても,私たちを助けてくださる方が……います。(ヨハ一 2:1)
一番大切な決定は,エホバに献身してエホバの家族の一員になるという決定です。エホバはみんながそうすることを願っています。ご自分との友情をいつまでも楽しんでほしいと願っています。(申 30:19,20。ガラ 6:7,8)とはいえ,エホバはご自分に仕えるように強制することはしません。それぞれの自由意志を尊重します。もし,バプテスマを受けたクリスチャンが重大な罪を犯したなら,どうなるでしょうか。悔い改めない場合,その人は会衆から除かれることになります。(コリ一 5:13)でもエホバは,罪を犯した人がご自分のもとに戻ってくることを心から願っています。だからこそイエスを贖いとして与え,悔い改めた人の罪が許されるようにしました。愛情深いエホバは罪を犯した人に,ぜひ悔い改めるようにと温かく呼び掛けています。(ゼカ 1:3。ロマ 2:4。ヤコ 4:8)塔研24.08 14ページ1-2節
4月19日,日曜日
あなたの心が賢くなったら,私は心から喜ぶ。(格 23:15)
ヨハネが第三の手紙を書く頃には,間違った教えを広める人や,分裂を引き起こす人たちがいました。でもほかの人たちは「真理に従って歩んで」いました。エホバの側にしっかり付いて,「天の父のおきてに従って歩んで」いました。(ヨハ二 4,6)こうした忠実な兄弟姉妹のことを,ヨハネだけでなくエホバも喜んでいたに違いありません。(格 27:11)どんなことを学べますか。忠実でいることは喜びにつながるということです。(ヨハ一 5:3)私たちが誘惑を退けて真理に従って生きる時,エホバは喜んでくれます。そのことを知ると,私たちも幸せな気持ちになります。天使たちも喜びます。(ルカ 15:10)仲間がエホバに忠実に仕えているのを見ると,私たちはうれしい気持ちになります。(テサ二 1:4)そしてこの体制が終わる時,サタンが支配する世の中でもエホバの側にしっかり付くことができて本当に良かったと思えるでしょう。塔研24.11 12ページ17-18節
4月20日,月曜日
各自,自分のためになることではなく,人のためになることをいつも優先しましょう。(コリ一 10:24)
好意を持っていることを告白する前にどれくらい時間をかけて相手のことを知るとよいでしょうか。もし思いを伝えるのが早過ぎると,感情だけで動く人だという印象を与えてしまうかもしれません。(格 29:20)逆に,自分の思いに相手が気付いているのに時間をかけ過ぎると,はっきりしない人だと思われてしまうかもしれません。(伝 11:4)付き合い始めたらその人と結婚しなければいけないと考える必要はありません。でも告白する時には,自分は結婚の準備ができているとはっきり言うことができ,この人となら結婚生活をうまくやっていけるかもしれない,と感じている必要があります。誰かが自分に好意を寄せているということに気付いた場合はどうしたらいいでしょうか。もし,その思いに応えられないと感じるなら,そのことをはっきりと態度で示しましょう。付き合うつもりがないのに思わせぶりな態度を取るのは,親切なことではありません。(エフェ 4:25)塔研24.05 22-23ページ9-10節
4月21日,火曜日
再び来てあなたたちを私の所に迎えます。(ヨハ 14:3)
本当に選ばれ,最後まで忠実を貫いた人たちだけが「連れていかれ」,イエスによって天の王国に迎えられます。天に行く希望を持つクリスチャンであっても,ずっと見張っていないなら,「選ばれた者たち」と一緒に集められることはありません。(マタ 24:31)地球で生きる希望を持つ人たちも,イエスのこの言葉を警告として受け止め,忠実に見張り続ける必要があります。私たちはエホバをよく知るようになったので,エホバが行うことは正しいと信じています。それで私たちは,最近になって誰かが天に行くよう選ばれるとしても心配しません。イエスがブドウ園の例え話の中で,午後5時に働き始めた人たちについて言ったことを思い出しましょう。(マタ 20:1-16)その日の遅い時間にブドウ園で働くよう招かれた人たちも,朝早くから働いていた人たちと同じ賃金を受け取りました。同じように,天に行く希望を持つ人たちは,いつ選ばれるかに関わりなく,最後まで忠実でいるなら報いを受けます。塔研24.09 24ページ15-17節
4月22日,水曜日
キリスト[は]皆さんのために苦しみ,その歩みに皆さんがしっかり付いてくるよう手本を示しました。(ペテ一 2:21)
イエスはひどい扱いに対処する点で完璧な手本を残してくれました。イエスが家族や他の人たちからどんな不当な扱いを受けたか,考えてみてください。親族から頭がおかしくなってしまったと言われました。宗教指導者たちには,悪魔の力を使って奇跡を行っていると言われました。さらに,ローマの兵士たちにあざけられ,暴力を振るわれ,殺されました。(マル 3:21,22; 14:55; 15:16-20,35-37)イエスはこのように本当にひどい扱いを受けましたが,仕返しをしたりせず,忍耐しました。この手本から何を学べるでしょうか。(ペテ一 2:21-23)イエスが残してくれた完璧な手本は,私たちが不公正に対処する上で役立ちます。イエスは話すべき時とそうでない時を分かっていました。(マタ 26:62-64)間違ったうわさを立てられても,いちいち反応することはありませんでした。(マタ 11:19)話す時には,迫害する人たちを脅したり悪態をついたりしませんでした。塔研24.11 4-5ページ9-10節
4月23日,木曜日
キリスト・イエスは罪人を救うために世に来た。(テモ一 1:15)
あなたが大切に思っている人に,おしゃれで実用的なものをプレゼントしたとします。その人がプレゼントを引き出しに入れたまま,全く使ってくれないとしたら,がっかりすることでしょう。逆に,そのプレゼントをとても気に入って,いつも使っていると言ってくれたら,うれしく思います。エホバも同じです。エホバは愛の気持ちから,私たちに独り子を与えてくださいました。私たちが,エホバの愛や贖いという貴重な贈り物に感謝を表す時,エホバはうれしく思うに違いありません。(ヨハ 3:16。ロマ 5:7,8)でも,もし私たちが贖いという贈り物に感謝しなくなってしまうとしたら,それは神からの貴重な贈り物を引き出しの中にしまったまま,忘れてしまうようなものです。そうならないために,私たちは神とキリストがしてくれたことを頻繁に思い起こし,感謝の気持ちを深める必要があります。塔研25.01 26ページ1-2節
4月24日,金曜日
これらのことについてよく考え,打ち込みなさい。そうすれば,あなたの進歩は誰の目にも明らかになるでしょう。(テモ一 4:15)
長老となる人は「クリスチャンになって間もない人であってはなりません」。バプテスマを受けてから何年もたっていないといけないわけではありませんが,十分に成長したクリスチャンになるには時間が必要です。長老に任命されるためには,イエスのように謙虚な人になり,エホバから与えられるどんな割り当ても喜んで果たすことが大切です。そして,会衆でさらに責任が与えられるのを辛抱強く待ちます。(マタ 20:23。フィリ 2:5-8)また,エホバとエホバの正しい基準にしっかり付き,組織を通して与えられる指示に従うなら,「神に尽くし」ていることになります。聖書によると,監督には「教える資格がなければなりません」。これはみんなの前で上手に話ができなければいけないということでしょうか。そうではありません。話が得意ではない兄弟もいます。でも多くの長老たちは,宣教で上手に教えたり牧羊訪問で兄弟姉妹を元気づけたりしています。塔研24.11 23-24ページ14-15節
4月25日,土曜日
私はあなたのおきてを愛する。金よりも,それも純金よりも。(詩 119:127)
よく理解できない聖句があったら,調査しましょう。そして,エホバ,イエス,示してくださった愛について発見したことや学んだことをその日1日じっくり考えてください。(詩 119:97)聖書を読んだり調査したりするたびに驚くようなことや新しいことを発見できないとしても,がっかりしないでください。私たちは砂金を探す人に似ています。そのような人はごく小さな金の塊を根気強く何時間も何日も探します。そこまで頑張るのは,少しの金にも大きな価値があると考えているからです。聖書から見つかる真理の宝はどれももっと大きな価値があります。(格 8:10)それで,毎日聖書を読んで,根気強く宝を探しましょう。(詩 1:2)塔研25.01 25ページ14-15節
4月26日,日曜日
エホバが寛大に許してくださったのですから,同じようにしなければなりません。(コロ 3:13)
エホバは,私たちが誰かに傷つけられたとしても快く許すことを望んでいます。(詩 86:5。ルカ 17:4。エフェ 4:32)私たちは人の言動に深く傷つくことがあります。それが仲の良い友達や家族だと特に傷つきます。(詩 55:12-14)時には,剣で突き刺されたかのように鋭い心の痛みを感じることがあるかもしれません。(格 12:18)そういう時,つらい気持ちを押し殺して無視しようとしてしまうことがあるかもしれません。でも,それは刺さったナイフをそのままにしておくようなものです。同じように,傷ついた気持ちをただ無視しているなら,心の傷は癒えないでしょう。誰かに傷つけられると,最初は怒りを感じるかもしれません。聖書にも書かれているように,何かのことで腹が立つ時はあるものです。でも,そうした感情のままでいてはいけないとも警告されています。(詩 4:4。エフェ 4:26)怒りの気持ちから良い結果が生まれることはほとんどないからです。(ヤコ 1:20)次の点を覚えておきましょう。怒りを感じるのは自然な反応ですが,怒ったままでいるかは自分で決められます。塔研25.02 15ページ4-6節
4月27日,月曜日
知恵[は],人の命を保たせる。(伝 7:12)
イエスは,お金を蓄えても「神から見て裕福でない」のは愚かなことだと教えました。(ルカ 12:16-21)あしたがどうなるかは誰にも分かりません。(格 23:4,5。ヤコ 4:13-15)イエスは自分の弟子になりたいなら,持ち物全てに「別れを告げ」なければいけない,とも言いました。(ルカ 14:33)1世紀のユダヤのクリスチャンは,持ち物を失うことにも喜んで耐えました。(ヘブ 10:34)今でも,政治に関わらないという理由で経済的に苦しい思いをしている兄弟姉妹が大勢います。(啓 13:16,17)そういう中でも兄弟姉妹が頑張れているのはどうしてでしょうか。エホバの次の約束を100パーセント信じているからです。「私は決してあなたを離れず,決してあなたを見捨てない」。(ヘブ 13:5)将来に備えて自分にできることはしますが,思いがけない変化が起きるときは,私たちを世話してくれるエホバを信頼しましょう。塔研25.03 29ページ13-14節
4月28日,火曜日
私たちはキリストに関する初歩の教理より先に進んだのですから,十分に成長するように努力しましょう。基礎的な教えに逆戻りしてはなりません。(ヘブ 6:1)
エホバは,私たちが自分の力だけでクリスチャンとして十分に成長することを期待してはいません。私たちは会衆の牧者,また教える人に助けてもらうことによって「十分に成長した人となり,キリストの背丈に達する」ことができます。(エフェ 4:11-13)また,エホバの聖なる力の助けを得るなら,「キリストと同じ考え方」ができます。(コリ一 2:14-16,脚注)さらに,エホバが4福音書を記録してくださったので,人間として生きたイエスの考え方や話し方,行動について学ぶことができます。その手本に倣うなら,大人のクリスチャンになれます。でもクリスチャンとして成長するためには,「キリストに関する初歩の教理より先に進」む必要があります。塔研24.04 4ページ11-12節
4月29日,水曜日
思考力があなたを見守り,識別力があなたを保護する。(格 2:11)
私たちは毎日何かしら決定をします。朝ご飯に何を食べるか,何時に寝るかといった,どちらかといえば簡単に決められることもあります。でも健康や幸せ,家族,またエホバへの崇拝に関わることは簡単には決められないかもしれません。いずれにしても,私たちは自分自身や家族のためになる決定をしたいと思っています。何よりもエホバに喜んでもらえる決定をしたいと願っています。(ロマ 12:1,2)良い決定をするために大切なステップは情報を集めることです。どうしてでしょうか。例えで考えてみましょう。医師は患者から体の不調について相談されたらどうするでしょうか。検査も問診もせずに治療方針を決めるということはあり得ません。同じように,より良い決定をするには,関係する情報をまず把握する必要があります。塔研25.01 14ページ1-3節
4月30日,木曜日
エホバはあなたの罪をお許しになります。あなたは死ぬことはありません。(サム二 12:13)
エホバの憐れみについて私たちはどんなことを知っているでしょうか。エホバが「一人も滅ぼされ[ない]ことを望んでいる」ことはどんなことから分かりますか。(ペテ二 3:9)重大な罪を犯した人たちに,エホバがどのように憐れみを示したのか考えてみましょう。ダビデは姦淫や殺人などの大きな罪を犯しました。でも心から悔い改めたので,エホバは憐れみを示してダビデの罪を許しました。(サム二 12:1-12)マナセは長い間,エホバから嫌われることを大々的に行っていました。本当にひどいことをしていましたが,マナセが悔い改めた時,エホバはそれを憐れみを示す根拠として許しました。(代二 33:9-16)こうした例から分かるように,エホバは憐れみを示す理由が少しでもある場合,いつでも進んでそうしてくださいます。エホバはダビデやマナセを復活させます。自分の罪を認め,心から悔い改めたからです。塔研24.05 4ページ12節