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聖書を毎日調べる 2026
調26 26–36ページ

3月

3月1日,日曜日

死んだ人は自分の罪から放免されている。(ロマ 6:7)

聖書には最初は正しい人だったのに後から悪くなった人について書かれています。ソロモン王がその1人です。ソロモン王は,エホバがどんな方かや,エホバをどのように崇拝すべきかをよく知っていました。エホバからたくさんの良いものを与えられていました。でも後に偽の神々を崇拝するようになりました。このことはエホバを怒らせ,その後数百年にわたってイスラエル人は苦しむことになりました。(王一 11:5-9。王二 23:13)聖書によると,ソロモンは「父祖たちと共に横たわり」ました。この表現はダビデ王などエホバに忠実に仕えた人についても使われています。(列王第一 2:10,脚注と比較。)では,このように埋葬されたことは,ソロモンが復活する根拠になりますか。聖書にそうは書かれていません。復活は愛情深い神からの贈り物です。エホバはその贈り物をご自分に永遠に仕えてほしいと思う人に与えます。(ヨブ 14:13,14。ヨハ 6:44)ソロモンはこの贈り物を受けることができるでしょうか。それはエホバにしか分かりません。私たちに分かっているのは,エホバはいつも正しいことを行うということです。塔研24.05 4ページ9節

3月2日,月曜日

私は永遠にあなたの天幕にとどま[る]。(詩 61:4)

私たちは献身した時,いわばエホバの天幕に迎え入れていただきました。そして,エホバとの絆を強めるのに必要なものを豊かに与えられています。また,エホバの天幕に同じように招き入れられた人たちとの友情も楽しんでいます。どんな場所にいるとしてもその天幕に入ることができます。どこにいるとしても,エホバに忠実に仕えているなら,エホバの天幕の中にいることになります。(啓 21:3)すでに亡くなった忠実な人たちはどうでしょうか。その人たちもエホバの天幕にとどまっているといえます。どうしてですか。その人たちはエホバの記憶の中では生きているからです。イエスはこう言いました。「死者が生き返ることに関しては,モーセも,いばらの木に関する記述の中で明らかにしました。その際エホバを『アブラハムの神,イサクの神,ヤコブの神』と呼んでいます。この方は死んだ人の神ではなく,生きている人の神です。彼らは皆,神にとっては生きているのです」。(ルカ 20:37,38)塔研24.06 3ページ6-7節

3月3日,火曜日

エホバは私の力,私の盾。(詩 28:7)

ザドクは武具を身に着け,戦いのための用意をしてヘブロンに行きました。(代一 12:38)戦いが起きたとしてもダビデに付いていき,イスラエルを敵から守ろうと思っていました。ザドクには戦士としての経験はほとんどなかったと思われます。それで,勇敢でなければその場にいなかったはずです。祭司だったザドクが勇気を示せたのはどうしてでしょうか。ザドクは,周りにいた強くて勇敢な人たちの手本から学んだに違いありません。例えば,「イスラエルを率いて戦いに行[っ]た」ダビデの手本がありました。イスラエル人はみんなその勇敢な姿を見て,ダビデを心から支持したいと思いました。(代一 11:1,2)ダビデは敵と戦う時,いつも助けを求めてエホバに頼りました。(詩 138:3)ほかにもザドクのそばにいて手本となった人たちがいました。エホヤダと,エホヤダの子で戦士のベナヤ,ダビデを支持した22人の軍隊長などです。(代一 11:22-25; 12:26-28)塔研24.07 3ページ5-6節

3月4日,水曜日

神[は]ご親切にも悔い改めに導こうとしてくださっている。(ロマ 2:4)

タルソスのサウロはキリストの弟子たちを激しく迫害していました。クリスチャンのほとんどは,サウロのことを悔い改める見込みがない人と見ていたかもしれません。でも,復活したイエスはそれとは全く違った見方をしていました。エホバとイエスはサウロの良いところに注目していたのです。イエスは,「この人は私が選んだ器であ[る]」と言いました。(使徒 9:15)また,サウロが悔い改めることができるように奇跡を行うことまでしました。(使徒 7:58–8:3; 9:1-9,17-20)サウロはクリスチャンになり,後に使徒パウロとして知られるようになりました。そして,自分が受けた親切や憐れみに対する感謝を何度も言い表しました。(テモ一 1:12-15)ある時パウロは,コリントのクリスチャン会衆で性的不道徳に関する重大な問題が起きていることを聞きます。パウロはこの問題をどのように扱ったでしょうか。パウロが人々を助けた方法から,エホバが愛の気持ちで矯正を与えていることや,憐れみを示すことの大切さについて学べます。塔研24.08 13ページ15-16節

3月5日,木曜日

神の子が現れたのは,悪魔の行いを終わらせるためです。(ヨハ一 3:8)

エホバは数百年の間に,どうすれば罪を負った人間がご自分との絆を深められるかを少しずつ明らかにしていきました。エデンで反逆が起きた後にエホバに信仰を持った最初の人は,アダムとエバの次男であるアベルでした。アベルはエホバを愛する人で,エホバに喜んでもらい,絆を深めたいと思っていたので犠牲を捧げました。羊飼いだったアベルは,自分の若い羊を連れてきてエホバに犠牲として捧げました。「エホバはアベルとその捧げ物を好意的に見」ました。(創 4:4)その後も,エホバはご自分を愛し信頼する人たちが捧げる犠牲を喜びました。ノアが犠牲を捧げた時もそうでした。(創 8:20,21)エホバはそのような犠牲を受け入れ,罪を負った人間も正しいと認められてご自分との絆を深めることができるということを示しました。塔研24.08 3ページ5-6節

3月6日,金曜日

私の足はもう少しでそれていくところだった。危うく滑るところだった。(詩 73:2)

不当な扱いを受けると,深く傷ついたりつらい気持ちになったりするかもしれません。(伝 7:7)エホバに忠実に仕えたヨブやハバククもそうでした。(ヨブ 6:2,3。ハバ 1:1-3)このように感じるのは自然なことです。でも反応の仕方に注意していないと,間違ったことをして事態を悪化させてしまうかもしれません。不公正なことをしている人が罰を受けていないように見えると,正しいことを行うことに意味があるのだろうか,と感じるかもしれません。ある詩編作者は,悪い人たちが正しい人たちを食い物にしながら繁栄しているように思えて,「こうした悪人は気楽に暮らしている」と言いました。(詩 73:12)不公正なことを目にして心がかき乱されてしまい,エホバに仕えることの価値を見失いそうになりました。それでこう言いました。「私は事の意味を理解しようとして,思い悩んでいた」。(詩 73:14,16)塔研24.11 3ページ5-7節

3月7日,土曜日

国々の氏族はエホバを認めよ。エホバの栄光と力を認めよ。(詩 96:7)

私たちがエホバをたたえるのは,エホバに深い敬意を抱いているからです。その理由はたくさんあります。エホバは全能で無限の力を持っています。(詩 96:4-7)エホバが造った物を見ると,エホバが深い知恵を持っていることがよく分かります。エホバは私たちに命を与え,支えてくださっています。(啓 4:11)揺るぎない愛に満ちる方です。(啓 15:4)エホバがすることは全て成功し,その約束は一つ残らずその通りになります。(ヨシュ 23:14)エレミヤはエホバについてこう書きました。「国々の全ての賢い者たちの中にも,どの王国にも,あなたのような方は誰もいない」。(エレ 10:6,7)このようにエホバについて考えると,エホバへの敬意が深まります。でも,エホバをたたえたいと思う理由はそれだけではありません。何よりも,私たちはエホバを心から愛しているので,エホバをたたえます。塔研25.01 3ページ5-6節

3月8日,日曜日

皆さんの中から悪い人を除きなさい。(コリ一 5:13)

反対者たちはエホバの組織の良い面を悪く見せようとします。エホバは,私たちが身体面でも道徳面でも崇拝の面でも清くあってほしいと思っています。それで,清くない行いを続ける人が会衆にとどまることはできません。(コリ一 5:11,12; 6:9,10)私たちがこのエホバの見方に従う時,反対者たちは,それは厳し過ぎるとか愛のないことだと言って非難します。黒幕を見極めましょう。「うその根源」である悪魔サタンは,間違った情報を広めています。(ヨハ 8:44。創 3:1-5)そうするために反対者たちを使うこともあります。塔研24.04 10ページ13-14節

3月9日,月曜日

その言葉は必ず実現する。(エゼ 33:33)

大患難が始まった後であっても,「大いなるバビロン」が滅びる様子を見て,エホバの証人がずっと言ってきたことを思い出す人がいるかもしれません。その中に信仰を持つようになる人たちはいるでしょうか。(啓 17:5)モーセの時代にエジプトで起きたことについて考えることができます。イスラエル人がエジプトを出て行く時,「さまざまな人」が一緒にいました。(出 12:38)その中のある人たちは,モーセが言っていた10の災厄がその通りに起きるのを見て,エホバに信仰を持つようになったのかもしれません。同じように,大いなるバビロンが滅びた後,終わりが来る直前に私たちに加わる人がいるとしたら,面白くないと感じますか。もちろんそうなりたくはありません。エホバは「憐れみ深く,思いやりがある神,すぐに怒らず,揺るぎない愛に満ち,常に信頼できる」方です。(出 34:6)私たちはエホバに倣いたいと思います。塔研24.05 11ページ12-13節

3月10日,火曜日

健全な言葉の型に絶えず従い[なさい]。(テモ二 1:13)

「健全な言葉の型」から離れると,どうなってしまうでしょうか。1世紀に起きたことを考えてみましょう。当時,エホバの日がすでに来ているといううわさが,一部のクリスチャンの間で広まっていたようです。そうしたことが書かれた手紙があったのかもしれず,それをパウロが書いたものだと考える人がいたのかもしれません。テサロニケのクリスチャンの中には,その事実を確認しないままうわさを信じて,ほかの人に広めた人たちまでいました。もしパウロと一緒にいた時に教えてもらったことを覚えていたなら,そうしたうわさにはだまされなかったはずです。パウロは,聞いたことを何でも信じたりしないようにと助言を与えました。(テサ二 2:1-5)そして,兄弟たちにとってその後の助けになるように,「テサロニケのクリスチャンへの第二の手紙」の結びにこう書きました。「私パウロのあいさつを自分の手でここに記します。どの手紙も,この筆跡で私からのものだと分かります」。(テサ二 3:17)塔研24.07 11-12ページ13-14節

3月11日,水曜日

皆さんには忍耐が必要です。(ヘブ 10:36)

ユダヤの状況が悪化するにつれて,ヘブライ人のクリスチャンは信仰を試されることになりました。すでに激しい迫害を経験していた人たちもいましたが,多くの人たちは比較的平和な時期になってからクリスチャンになりました。パウロが言ったように,その人たちは信仰の試練を耐えてきましたが,それは死ぬまで忠実だったイエスが経験したほどのものではありませんでした。(ヘブ 12:4)でもキリスト教が広まるにつれ,ユダヤ人たちからの反対はますます厳しく過激なものになっていました。パウロがこの手紙を書く数年前,40人以上のユダヤ人が「パウロを殺すまでは食べたり飲んだりしないと誓」いました。(使徒 22:22; 23:12-14)このように当時のクリスチャンはいろいろな人から憎まれ,過激な反対を受けました。そんな中で,崇拝のために集まり,良い知らせを伝え,強い信仰を持ち続ける必要がありました。塔研24.09 12ページ15節

3月12日,木曜日

イエスは……母親に言った。「見なさい,あなたの子です!」(ヨハ 19:26)

ヨハネはイエス・キリストに愛された使徒でした。(マタ 10:2)イエスと一緒に各地で伝道を行い,イエスの奇跡を目撃しました。大変なことがあってもイエスから離れませんでした。イエスが処刑された時もそばにいて,復活したイエスにも会いました。また,キリスト教が広まっていき,良い知らせが「天の下の至る所で伝えられ」る様子も見ました。(コロ 1:23)ヨハネは長い人生の終わりに,聖書の一部を書くという特別な機会を与えられました。例えば,「イエス・キリストによる啓示」を記録しました。(啓 1:1)また,聖なる力に導かれて,福音書の1つや3通の手紙も書きました。3通目の手紙は,ヨハネが自分の子供のように愛していたガイオという忠実なクリスチャンに宛てたものでした。(ヨハ三 1)ヨハネが書いた言葉は,これまでイエスに従ってきた全ての人にとって励みになってきました。塔研24.11 12ページ15-16節

3月13日,金曜日

夫の皆さん……妻を大切にしましょう。(ペテ一 3:7)

妻を愛している人は,妻を世界でたった1人のかけがえのない存在と見て大切にします。妻のことをエホバからもらった素晴らしいプレゼントだと考えます。(格 18:22; 31:10)それで,夫婦の間でより親密でプライベートな時間を過ごす時であっても,妻の尊厳を大切にし,優しく接します。性関係において,妻を辱めたり不快に感じさせたり良心にとがめを感じさせたりするようなことはしません。もちろん,この点で夫自身もエホバの前で清い良心を保つようにする必要があります。(使徒 24:16)夫の皆さん,生活のいろいろな面で妻を大切にしようと努力する皆さんの姿を見て,エホバは喜んでいます。妻を傷つけるようなことをせず,尊厳を大切にし,優しく愛情を込めて接するようにしてください。そうするなら,妻を愛し,大切にしていることを伝えられます。妻を大切にするなら,最も貴重なエホバとの友情を守ることができます。(詩 25:14)塔研25.01 13ページ17-18節

3月14日,土曜日

キリストは私たちのために自分を与えてくださいました。それは……自分の特別な所有物である民,立派な行いに励む民を清めるためでした。(テト 2:14)

エホバに仕える人たちは熱い気持ちで伝道しています。その姿勢は一般のクリスチャンとは大きく違っています。どうすれば熱い気持ちを冷まさず,伝道へのモチベーションを上げることができるでしょうか。イエスの手本から多くのことを学べます。イエスはいつも熱い心を持って伝道しました。その熱意はどんどん高まっていきました。イエスは,栽培人が3年育てても実を結ばなかったイチジクの木について話したことがあります。イエスもすでに3年ほどユダヤ人に伝道していましたが,聞く人はわずかでした。この栽培人がイチジクの木のことを諦めなかったように,イエスも人々のことを諦めませんでした。宣教のペースを落としたりしませんでした。(ルカ 13:6-9)イエスがどんなことを教え,何をしたのかに注目すると,熱い気持ちで伝道を続けるためのヒントがもらえます。塔研25.03 14-15ページ1-4節

3月15日,日曜日

聡明な人は知識によって行動[する]。(格 13:16)

この人かもしれないと思える人に出会ったらどうしたらよいでしょうか。すぐに気持ちを伝えてもいいでしょうか。聖書によると,賢い人は知識に基づいて行動します。それで,思いを伝える前に,少し相手の様子を観察する期間を持ちましょう。どうしたら,相手のことをそれとなく知ることができるでしょうか。会衆の集会や交友の場でのその人の様子から,性格や振る舞い方,神との友情について何か分かることがあるかもしれません。その人はどんな人と友達でしょうか。どんなことを話題にしていますか。(ルカ 6:45)どんな人生を送りたいと思っているでしょうか。それはあなたと合っているでしょうか。その人の会衆の長老や,その人のことをよく知っている信頼できる兄弟姉妹に尋ねてみることもできます。(格 20:18)その人がどんな人として知られているか聞いてみましょう。(ルツ 2:11)こうしたことをするときには,相手に嫌な思いをさせないよう注意しましょう。相手の気持ちやプライバシーに配慮することが大切です。塔研24.05 22ページ7-8節

3月16日,月曜日

私はついに自分の罪をあなたに告白した。(詩 32:5)

長老たちは,罪を犯した人が悔い改めることはないとすぐに決めつけることはしません。委員会との最初の話し合いで悔い改める人もいるかもしれませんが,もっと時間が必要な人もいます。それで,長老たちは罪を犯した人と話し合う機会を1度だけでなく何度かつくることもできます。罪を犯した人の中には,最初の話し合いで言われたことについて,後になって真剣に考えるようになる人もいるでしょう。謙虚になり,エホバに許しを求めて祈るかもしれません。(詩 38:18)2回目の話し合いの時には,気持ちや態度に変化が見られるかもしれません。長老たちは罪を犯した人を悔い改めに導けるよう,思いやりや親切を示します。エホバが自分たちの努力を祝福し,道を誤った仲間が本心に立ち返って悔い改めるように祈ります。(テモ二 2:25,26)塔研24.08 22-23ページ12-13節

3月17日,火曜日

「私は誰の死をも喜ばない。悔い改めて生き続けなさい」と,主権者である主エホバは宣言する。(エゼ 18:32)

エホバは誰も滅ぼされないでほしいと思っています。そして,罪を犯した人と再び友情を築きたいと思っています。(コリ二 5:20)だからこそ,これまでずっと,ご自分のもとから離れた人たちに悔い改めて戻ってくるようにと繰り返し勧めてきました。長老たちには,悔い改めるよう罪を犯した人を助けるためにエホバと一緒に働けるという素晴らしい機会があります。(ロマ 2:4。コリ一 3:9)罪を犯した人が悔い改める時,天でどれほど大きな喜びが湧き起こるか,イメージしてみてください。天のお父さんエホバはご自分から離れてしまった人が会衆に戻ってくるたびに,そのような深い喜びを感じています。エホバの思いやりや憐れみ,惜しみない親切についてじっくり考えましょう。そうするなら,エホバへの愛はさらに深まっていくことでしょう。(ルカ 1:78)塔研24.08 31ページ16-17節

3月18日,水曜日

イエスは,人々が自分を王にするために捕らえに来ようとしているのを知り,ただ独りで再び山に去っていった。(ヨハ 6:15)

もしイエスが王になってほしいという人々の願いを受け入れたなら,当時ローマの支配下にあったユダヤ人の政治に関わることになってしまったでしょう。でもイエスはすぐに「山に去って」いきました。周りからの圧力があっても政治に関わることはしませんでした。ここから私たちは大切な点を学べます。もちろん,私たちが奇跡によって食べ物を増やしたり病気を癒やしたりするよう求められることはないはずです。国を治めるよう求められることもないでしょう。でも,問題を解決してくれそうな人を支持したり,その人に投票したりするようにと言われることはあるかもしれません。そのように政治に関わるよう圧力をかけられる時,イエスの手本を思い出すことができます。イエスは政治に一切関わりませんでした。後に,「私の王国はこの世界のものではありません」とも言いました。(ヨハ 17:14; 18:36)私たちクリスチャンは,イエスの考え方や行動に倣う必要があります。神の王国を支持し,王国について祈ったり語ったりします。(マタ 6:10)塔研24.12 4ページ5-6節

3月19日,木曜日

私のおきてを受け入れてそれに従う人は私を愛しています。さらに,私を愛する人は父に愛されます。そして私はその人を愛して,自分のことをはっきり知らせます。(ヨハ 14:21)

学ぶ時,実践する方法を考えましょう。例えば,誰にでも分け隔てなく接することによって,エホバの公正さに倣えます。エホバの名前のために苦しみを受けることや,仲間のために力を尽くすことによって,天のお父さんとほかの人々へのイエスの愛に倣いましょう。また,イエスに倣って伝道するなら,贖いというエホバからの最高の贈り物を受ける機会を人々に与えることができます。贖いに関する理解や感謝が深まれば深まるほど,エホバとイエスへの愛が深まります。そうすると,エホバとイエスも私たちのことをもっと愛してくれます。(ヤコ 4:8)それで,エホバが与えてくれているものを活用して,贖いについて学び続けましょう。塔研25.01 25ページ16-17節

3月20日,金曜日

私の全ての罪をご自分の後ろに投げ捨ててくださいました。(イザ 38:17)

今日の聖句は,「私の全ての罪をご自分の視界から取り除いてくださいました」とも訳せます。エホバは悔い改めた人の罪を投げ捨てて,見えなくなるようにしてくださるということです。この表現は,「あなたは[私の罪を]まるで生じなかったかのようにされた」と訳すこともできます。ミカ 7章18,19節にはこのことを強調する別の表現が使われています。そこではエホバが罪を深い海の中に投げ込んでくださると書かれています。当時,深い海の中に何かを投げ込んだなら,それを取り戻すことはできなかったでしょう。こうした表現から,エホバは私たちを許すとき,罪という重荷から解放してくださることが分かります。ダビデはこう言いました。「不法な行いを許され,罪を覆われた人は幸せだ」。(ロマ 4:7)本当に許してもらえると,このように感じることができます。塔研25.02 9ページ7-8節

3月21日,土曜日

私が創造しているものについて歓喜し,永遠に喜びなさい。(イザ 65:18)

この地球には,パラダイスともいえる素晴らしい環境があります。そこでは何百万もの人たちが平和を楽しんでいます。そこにいる人たちは,このパラダイスから出ないことを決意しています。そして,できるだけ多くの人に加わってほしいと思っています。このパラダイスとは何のことでしょうか。それは,エホバを崇拝するための特別な環境を表しています。そこでは,エホバと仲間との平和な関係を楽しむことができます。サタンはこの世界を憎しみと悪意に満ちた危険な場所にしています。(ヨハ一 5:19。啓 12:12)一方,エホバはご自分に仕える人を愛しているので,私たちが安心して崇拝を行えるように,パラダイスのような環境を整えています。聖書にもこの環境のことが,安全な「避難」場所,「よく潤っている庭園」と表現されています。(イザ 4:6; 58:11)このパラダイスにいる人たちは,大変な終わりの時代にも,エホバのおかげで安心し幸せでいることができます。(イザ 54:14。テモ二 3:1)塔研24.04 20ページ1-2節

3月22日,日曜日

願いを神に知っていただくようにしましょう。(フィリ 4:6)

あなたはこれまで,ぴったりの相手が見つかるようエホバに祈ってきたかもしれません。エホバは結婚相手に出会えるようにすると約束してはいませんが,あなたの気持ちや必要としているものを分かっていて,気遣ってくださいます。そして,結婚相手を探している間ずっと支えてくださいます。ですから,あなたの気持ちや願いをエホバに伝え続けてください。(詩 62:8)辛抱強さと知恵を祈り求めましょう。(ヤコ 1:5)いい相手がすぐには見つからないとしても,エホバは必ず生活面でも感情面でも支え続けてくださいます。(詩 55:22)結婚相手を探す間も,そのことばかりに気を取られないようにしましょう。(フィリ 1:10)結婚しているかどうかにかかわらず,エホバとの絆があれば幸せでいられます。(マタ 5:3)独身の人は,エホバへの奉仕のためにより自由に生活を調整することができます。(コリ一 7:32,33)ですから,独身でいる期間を最大限活用してください。塔研24.05 21ページ4節,22ページ6節

3月23日,月曜日

自分のことばかり考えずに,他の人のことにも気を配りましょう。(フィリ 2:4)

どれくらいの期間付き合えばいいでしょうか。急いで決定すると,良くない結果になることが少なくありません。(格 21:5)それで,相手をよく知るために十分な時間をかけましょう。とはいえ,必要以上に長引かせないようにしましょう。聖書にも「期待がなかなか実現しないと落ち込む」とあります。(格 13:12)付き合っている2人を,周りの人はどのようにサポートできるでしょうか。食事や遊びや家族の崇拝に誘うことができます。(ロマ 12:13)ほかにも,付き添いをしたり,車に同乗したり,家に呼んで2人がゆっくり話せるようにしてあげたりすることもできます。(ガラ 6:10)付き添いを頼まれたなら,仲間をサポートできる貴重な機会だと考えましょう。2人きりにならないよう気を付けつつ,2人が落ち着いてプライベートなことを話せるようにしてあげることも大切です。塔研24.05 30ページ13-14節

3月24日,火曜日

私は彼女に悔い改めるための時間を与えました。(啓 2:21)

長老たちは,どんなことが罪を犯す原因になったのかを知るようにします。次のような点を考えてみましょう。その人は個人研究や宣教などの習慣がおろそかになって少しずつ弱くなっていたのでしょうか。祈りの回数が減ったり表面的なものになったりしていたでしょうか。悪い欲望に従ってしまったのでしょうか。良くない友達と付き合ったり,エホバに喜ばれないものを楽しんだりしていたのでしょうか。そのような選択の結果,その人の心にどんな影響があったでしょうか。自分の決定や行動によってエホバがどんな気持ちになっているか分かっているでしょうか。長老たちはよく考えた質問をし,どんなことが原因でエホバとの関係が弱くなり,罪を犯してしまったのかを考えるよう助けることができます。そうする時も親切に接するようにし,必要以上に個人的なことを尋ねないようにします。(格 20:5)例えを使って考えさせ,自分がしたことの重大性を理解するよう助けることもできます。もしかすると最初の話し合いの間に,罪を犯した人は自分がしてしまったことについて深く悲しみ,悔い改めることさえあるかもしれません。塔研24.08 22ページ9-11節

3月25日,水曜日

私はほかの町にも神の王国の良い知らせを広めなければなりません。そのために遣わされたからです。(ルカ 4:43)

イエスは熱い気持ちで「神の王国の良い知らせ」を広めました。神が願っている仕事だと分かっていたからです。イエスは伝道を一番大切にしていました。宣教期間が残り少なくなっても,「町から町へ,村から村へと」旅をし,人々を教えました。(ルカ 13:22)さらに,多くの弟子たちが伝道できるようにトレーニングしました。(ルカ 10:1)良い知らせを伝えるのは今も一番大切な仕事です。エホバとイエスは私たちが伝道することを願っています。(マタ 24:14; 28:19,20)エホバはできるだけ多くの人たちに良い知らせを聞いて受け入れてほしいと願っています。(テモ一 2:3,4)エホバと同じ願いを持つなら,もっと熱い気持ちで伝道することができます。エホバは,命を救うメッセージを上手に伝えられるようトレーニングしてくれています。たとえ今,良い知らせを受け入れない人でも,大患難が終わる前に気持ちが変わる可能性があります。塔研25.03 15-16ページ5-7節

3月26日,木曜日

あいさつの言葉を掛けるなら,その人の悪い行いに加わることになります。(ヨハ二 11)

私たち一人一人は聖書によって整えられた良心に基づいて,会衆から除かれた人とどう接するか判断する必要があります。中には,集会であいさつしたり歓迎したりする方が心が痛まないと思う人もいるかもしれません。とはいえ,その人と長く会話を続けたり,別の機会に一緒に時間を過ごしたりするようなことはしません。ある人は,「聖書には,あいさつの言葉を掛けるなら悪い行いに加わることになる,と書いてあるじゃないか」と思うかもしれません。(ヨハ二 9-11)でも聖句の文脈を見てみると,この指示は背教者や間違った行いを広めようとしている人たちについて書かれていることが分かります。(啓 2:20)それで,誰かが背教的な教えや間違った行いを広めようとしているなら,長老たちはその人を訪ねることはしません。もちろん,そのような人にも心を入れ替える可能性はあります。でもその人が悔い改めるまでは,私たちの方からあいさつをしたり会衆の集会に誘ったりすることはありません。塔研24.08 30-31ページ14-15節

3月27日,金曜日

[弟子たちは]まだ心が鈍くて理解できなかった。(マル 6:52)

イエスは群衆に食事をさせた後,使徒たちを舟でカペルナウムへ向かわせました。そして,王にしようとする群衆を避けるために自分は山へ行きました。(ヨハ 6:16-20)使徒たちが舟をこいでいると嵐が起き,強い風が吹いて湖は荒れだします。そこにイエスが水の上を歩いてやってきます。そしてペテロにも水の上を歩くようにと言います。(マタ 14:22-31)イエスが舟に乗るとすぐ風がやみます。弟子たちは驚いて,「確かにあなたは神の子です」と言います。(マタ 14:33)弟子たちがそう言ったのは,イエスが奇跡によって人々にパンを与えた時ではなく,水の上を歩くのを見た後でした。そのことについてマルコはこう書いています。「[弟子たちは]すっかり驚いた。先ほどのパンの意味を把握して[い]なかったのである」。(マル 6:50-52)弟子たちは,エホバが聖なる力によってどれほどの力をイエスに与えているかを理解できていませんでした。塔研24.12 5ページ7節

3月28日,土曜日

神は,あらゆる人が救われて,真理の正確な知識を得ることを望んでいます。(テモ一 2:4)

私たちは,贖いにどれほど感謝しているかを記念式の時期に表すことによって,エホバの愛に感謝していることを示せます。自分が記念式に出席するだけでなく,他の人も招待することができます。招待する人に,記念式でどんなことが行われるかを説明しましょう。jw.orgにある「イエスは何のために死にましたか」や「イエスの死を思い起こしましょう」という動画を見せることもできます。長老の皆さん,集会や奉仕を休んでいる兄弟姉妹を忘れずに招待してください。迷い出たエホバの羊が戻ってくる時,天でも地でも喜びがあるのです。(ルカ 15:4-7)記念式では,兄弟姉妹とだけでなく,初めて来た人や久しぶりに来た人にもあいさつし,歓迎していることが伝わるようにしましょう。(ロマ 12:13)塔研25.01 31ページ15節

3月29日,日曜日

神が私たちを愛し,私たちの罪を償う犠牲としてご自分の子を遣わしてくださったのです。(ヨハ一 4:10)

贖いからエホバが公正であることが分かりますが,何よりもエホバの愛の深さについて理解することができます。(ヨハ 3:16。ヨハ一 4:9,10)贖いについて知ると,エホバが私たちに,いつまでも生きてほしいと思っているだけでなく,エホバの家族になってほしいと思っていることも分かります。考えてみてください。アダムは罪を犯した時,エホバの家族から追い出されました。それで,生まれた時からエホバの家族という人はいません。でも,エホバは贖いに基づき,信仰を抱いて従う人たちの罪を許し,やがて自分の家族に迎え入れてくれます。私たちは今でも,エホバと仲間のクリスチャンとの温かい関係を楽しむことができています。本当にエホバの優しい愛情に包まれています。(ロマ 5:10,11)塔研25.01 21ページ6節

記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン9日)ヨハネ 12:12-19。マルコ 11:1-11

3月30日,月曜日

このことから,神が私たちを愛してくださっていることが明らかになりました。(ヨハ一 4:9)

贖いは何よりも素晴らしい贈り物です。(コリ二 9:15)イエスが人間としての命を犠牲にしてくれたので,私たちはエホバ神との強い絆を持つことができます。永遠に生きる見込みもあります。愛の気持ちから贖いを与えてくれたエホバに感謝したいと思うのではないでしょうか。(ロマ 5:8)私たちが感謝の気持ちを忘れず,贖いを当たり前のものと見なさないようにするために,イエスは,年に1度,ご自分の死を思い起こす記念式を行うよう命じました。(ルカ 22:19,20)今年の記念式は2026年4月2日,木曜日に行われます。皆さんも出席する計画をしていることでしょう。記念式の時期に,エホバとイエスがしてくれたことについて時間を取ってじっくり考えるのは大切です。塔研25.01 20ページ1-2節

記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン10日)ヨハネ 12:20-50

3月31日,火曜日

銀の代わりに私の指導を,最良の金よりも知識を選べ。(格 8:10)

エホバ神とキリスト・イエスが私たちのためにしてくださったことについてじっくり考え続けるなら,エホバとイエスの愛について学び続けることができます。今年の記念式の時期に,福音書を丁寧に読むのはどうでしょうか。一度に多くの章を読もうとはしないでください。ゆっくり読んで,エホバとイエスを愛する理由がもっとないかを探しましょう。バプテスマを受けて何年もたつと,神の公正,愛,贖いなど,なじみ深いテーマについて新しい発見ができるのだろうかと思うかもしれません。でも,こうしたテーマについて学べることはいくらでもあります。それで,エホバの証人の出版物にあるたくさんの資料を十分に活用してください。塔研25.01 24-25ページ13-15節

記念式の時期に読む聖句: (日中の出来事: ニサン11日)ルカ 21:1-36

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