ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 塔研26 03月号 26–31ページ
  • 憎まれても幸せでいられるのはどうして?

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 憎まれても幸せでいられるのはどうして?
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2026
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • なぜ憎まれるのか
  • 憎まれても幸せでいられるのはどうしてか
  • 愛は憎しみを耐え忍ぶ力となる
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
  • 終わりまで忍耐し続ける助けになる手紙
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2024
  • 忍耐できるようにエホバは助けてくれている
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2025
  • 「誰に仕えるかを……自分で選びなさい」
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2025
もっと見る
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2026
塔研26 03月号 26–31ページ

2026年6月1-7日

111番の歌 喜びはあふれる

憎まれても幸せでいられるのはどうして?

「いつでも人々があなたたちを憎むとき……あなたたちは幸福です」。ルカ 6:22

ポイント

エホバに仕えるために憎まれるとしても,幸せでいられるのはどうしてでしょうか。

1. イエスはどんなことを言いましたか。それが不思議に思えるのはどうしてですか。

イエスは山上の垂訓で「いつでも人々があなたたちを憎むとき……あなたたちは幸福です」と言いました。(ルカ 6:22)この言葉を聞いた人たちは不思議に思ったかもしれません。憎まれることをうれしく思う人はまずいません。イエスはどうしてこんなことを言ったのでしょうか。これは私たちみんなにとって大切な質問です。現代のイエスの弟子たちは多くの人から憎まれているからです。この記事では,私たちが憎まれるのはなぜか,また憎まれても幸せでいられるのはどうしてかを学びます。

なぜ憎まれるのか

2-3. 真のクリスチャンが迫害される理由の1つは何ですか。それが分かると,反対する人をどんなふうに見ることができるようになりますか。(ヨハネ 16:2,3)

2 私たちはエホバを崇拝しているので憎まれる。イエスは,弟子たちを迫害する人や殺すことまでする人は,実のところ「天の父をも私をも知らない」と言いました。(ヨハネ 16:2,3を読む。)では,神に仕える人たちへの憎しみをあおっているのは誰でしょうか。「今の体制の神」であるサタンです。(コリ二 4:3,4)サタンはエホバについての真理を隠しています。そして,神を知り神を愛する人たちに敵対するよう,世の中の人々に働き掛けています。(ヨハ 8:42-44)つまり,私たちに反対する人はサタンにだまされているわけです。このことが理解できると,私たちは反対する人を憎まずに済みます。

3 エホバの証人の活動が禁止されている国に住むパベル兄弟のことを考えてみましょう。a 兄弟はエホバを崇拝するのをやめなかったので逮捕され,ひどく殴られ,何カ月も独房に入れられました。こう言っています。「清い崇拝をやめさせようとしているのがサタンと邪悪な天使たちだということが,私にははっきり分かります。刑務所で働いている人のほとんどは,私たちのことを心から憎んでいるようには思えません。ただ自分の仕事をしているだけです」。クロアチアのある兄弟は,エホバの証人ではない両親からの厳しい迫害に耐えました。兄弟はこう言っています。「本当の敵は親ではなく,サタンです。今ではそれがよく分かるようになりました」。(エフェ 6:12)

4. イエスとステファノの手本から何を学べますか。(写真も参照。)

4 私たちは反対する人を憎んだりしません。むしろその人のために祈りたいという気持ちになります。(マタ 5:44)このことについてイエスとステファノから学べます。イエスは,ローマの兵士たちに杭にくぎ付けにされた時,苦しみながらも「父よ,彼らをお許しください」と祈りました。(ルカ 23:34)この時イエスは,命令を受けて自分を殺そうとしている兵士たちのことを許してほしいとエホバにお願いしていたようです。もしかすると,イエスを殺すよう求めた群衆のことも含めて祈っていたのかもしれません。群衆は,イエスに敵対する宗教指導者にたきつけられていました。イエスは,兵士たちや群衆が自分たちのしていることの深刻さを分かっていないということを知っていました。同じようにステファノも,自分を殺そうとしている人たちを許してくれるよう神に祈りました。(使徒 7:58-60)イエスとステファノの祈りにエホバは確かに答えました。イエスの裁判と処刑に関わった人の中には,後に後悔して考えを変え,イエスに信仰を持ち,バプテスマを受けた人がたくさんいました。(使徒 2:36-41)ステファノの殺害に賛成していたタルソスのサウロも,やがてクリスチャンになり,自分が知らずにしてしまったひどいことを深く悔やむようになりました。(テモ一 1:13)

監房の中で兄弟が祈っていて,そばには看守が立っている。兄弟の顔にはあざができている。

イエスやステファノと同じように私たちも,自分たちを迫害している人のために祈れる。(4節を参照。)


5. セーサル兄弟の経験したことから何が学べますか。

5 エホバは今でも,反対する人のために捧げる私たちの祈りを聞いてくれます。ベネズエラに住むセーサル兄弟の経験したことを考えてみましょう。兄弟の父親は,兄弟がエホバの証人の活動をすることに激しく反対していました。兄弟はこう言っています。「私の母は,妻としても母親としても本当によくやっていました。いつも王国を第一にしていましたし,父のことも心から大切にしていました。私たちきょうだいに,父を敬うように,そして神の命令に背くことにならない限りいつでも父の言うことを聞くようにと教えてくれました」。何年かたつうちに,セーサル兄弟の父親の態度は変わっていきます。兄弟はある日の出来事についてこう言っています。「エホバに真剣に祈った後,私と一緒に聖書レッスンしてみないか父に聞いてみました。すると,うんと言ってくれたんです。言葉にできないくらいうれしかったです」。やがて兄弟の父親はバプテスマを受けました。もちろん,反対する人みんながそのように変化するわけではありません。それでも私たちの敬意のこもった言葉を聞いたり,よくやっている姿を見たりして,心を和らげる人がいるのはうれしいことです。そういう人たちも真理を学べるよう,憐れみ深く「地上の人全てを裁く方」エホバが助けてくれるに違いありません。エホバがどのように物事を動かしてくれるかを楽しみにしましょう。(創 18:25)

6. マルコ 13章13節によると,私たちが憎まれる別の理由は何ですか。

6 私たちはイエスを支持するので憎まれる。イエスが教えたように,真のクリスチャンは「[イエス]の名のために」全ての人から憎まれます。(マルコ 13:13を読む。)ここでいうイエスの「名」とは何でしょうか。イエスの評判や,神の王国の王としての権威のことです。多くの人は,エホバが選んだ統治者イエスではなく,人間の支配者を頼りにしています。そのためイエスを支持する私たちのことを憎みます。でもそういう状況が長続きするわけではありません。1914年から王国の王として統治しているイエスは,もうすぐ人間の政府を全て除き去ります。

7-8. エホバに仕える人たちがばかにされることがあるのはどうしてですか。(ヨハネ 15:18-20)(写真も参照。)

7 私たちはサタンの世の中の人々のようではないので憎まれる。イエスは,弟子たちが「世の人々のようではない」ので憎まれると教えました。(ヨハネ 15:18-20を読む。)初期のクリスチャンと同じように,私たちも世の中の人々の神に喜ばれない考え方や言動に倣うことはありません。そのために目立つ存在となり,多くの兄弟姉妹が職場や学校でばかにされています。(ペテ一 4:3,4)それでもうれしいことに,反対する人の中には,やがて見方を変えてエホバの証人を認めるようになる人もいます。

8 中央アメリカに住むイグナシオ兄弟の経験したことを考えましょう。兄弟は学生の頃,高い道徳基準に従っていることを1人の先生から何年もばかにされていました。でも卒業が近づいた時,先生から,みんなにからかわれているのに聖書の教えを大切にしているのはどうしてかと尋ねられました。兄弟は,神の命令は自分たちを守るためにあると信じているからと答えました。そして先生を集会に招待します。先生が実際に来てくれたので兄弟は驚きました。先生は会衆の温かい雰囲気にとても感動し,その後も集会に出席し続けました。しかしやがて聖書を学んでいることで自分も周りの人に反対されるようになります。それでも先生はエホバとの絆を深め続け,ついにバプテスマを受けました。

再現。学校にいるイグナシオ兄弟。1. 教室での様子。先生がほかの生徒の前で兄弟をばかにしている。兄弟は静かに座って敬意を払っている。2. 後に,先生が兄弟の話を注意深く聞いている。

年齢に関わりなく,自分の信じていることを堂々と語れる。(8節を参照。)b


9-10. (ア)クリスチャンはほかにもどんなところがサタンの世の中の人々と違っていますか。(イ)使徒パウロの手本からどんなことを学べますか。

9 クリスチャンである私たちは,サタンの世の中の人々とは異なり,政治や戦争に関して中立でいるという点でも目立っています。(ヨハ 18:36)ローマ 13章1節にある通り,私たちは法律を守ります。それでも,政治的に意見が分かれるトピックには賛成も反対もしません。選挙で自分が立候補したり誰かに投票したりもしません。なぜでしょうか。エホバと,キリストの治める神の王国を支持しているからです。大勢のエホバの証人が,信仰を捨てなかったために投獄されてきました。でも兄弟姉妹は,拘置所や刑務所の中で伝道を続けています。そうやって使徒パウロの手本に倣っています。パウロは何年も家に軟禁されたり牢屋に入れられたりしました。(使徒 24:27; 28:16,30)それでも諦めることなく,耳を傾ける人全てに良い知らせを伝えました。その中には牢番や裁判所の役人,総督,王たちがいました。恐らくローマ皇帝ネロのもとにいた役人たちもパウロの話を聞いたものと思われます。(使徒 9:15)

10 今でも投獄された兄弟姉妹は,裁判官や政府関係者,看守などを含め,耳を傾ける人全てに伝道しています。ある兄弟は,政治的に中立の立場を保ったために6年以上収監されていました。でもその期間を,悪いことをした罰とではなく,誠実な人を探すというエホバからの任務を果たす時間と考えるようにしました。私たちも,そんな仕方でエホバに使ってもらえるなら,本当に幸せに感じるのではないでしょうか。(コロ 4:3)では,エホバに仕えているために憎まれるとしても幸せだといえるほかの理由も考えてみましょう。

憎まれても幸せでいられるのはどうしてか

11. 迫害に遭うときに,私たちの信仰が強くなるのはどうしてですか。例を挙げてください。

11 私たちは,世の中の人々から憎まれるのは聖書の預言通りであることを知っている。エホバは聖書に書かれている最初の預言の中で,サタンとサタンに従う人たちが,エホバを愛し崇拝する人たちを憎むと予告しました。(創 3:15)4福音書の筆者全員が記しているように,イエスもこの預言がその通りになることを何度も強調しました。(マタ 10:22。マル 13:9-12。ルカ 6:22,23。ヨハ 15:20)ほかの聖書筆者も同じようなことを書いています。(テモ二 3:12。ヤコ 1:2。ペテ一 4:12-14。ユダ 3,17-19)それで私たちは迫害に遭うとき,驚いたりしません。これは聖書で預言されていたことであり,私たちが確かに真の神を崇拝している証拠となるので喜べます。エホバの証人の活動が制限されている国に住むある姉妹はこう言っています。「エホバに献身した時,いずれ迫害に遭うと分かっていました。それで実際に反対されても,びっくりしたり怖いと思ったりはしませんでした」。姉妹は夫からもひどい扱いを受け,聖書や出版物を燃やされてしまいます。でもおじけづくことなく,強い信仰を育てていきました。(ヘブ 10:39)こうも言っています。「迫害は預言されていたことなので,必ず起きると分かっていました。迫害を経験して,これこそ真の宗教だという確信が強まりました」。

12. ある兄弟が迫害に耐えるのに何が助けになりましたか。

12 私たちは迫害に遭うことを覚悟していますが,それに耐えるのは簡単ではないかもしれません。ある兄弟は収監されていた時のことについてこう書いています。「すごくつらくなったり不安になったりすることがありました。そんな時は,ただただ泣いていました」。兄弟にとって何が助けになったでしょうか。こう続けています。「いつも祈りました。毎朝祈って1日を始めました。日中,大変なことが起きるたびに祈りました。誰かからひどい扱いを受けて怒りが込み上げてくるときは,トイレに行って祈りました」。兄弟は,試練に遭っても神に仕え続けた古代や現代の人たちの手本についてもじっくり考えました。そうすることで,イエスが弟子たちに約束していた穏やかな気持ちを持てるようになり,迫害を忍耐できました。(ヨハ 14:27; 16:33)

13. 憎しみに耐えるのにどんなことが助けになりますか。

13 私たちの愛は憎しみに打ち勝つ。イエスは,息を引き取る最後の瞬間までエホバを心から愛していました。また,友たちのことも愛していました。(ヨハ 13:1; 15:13)同じように私たちも,エホバへの愛,そして仲間の兄弟姉妹との愛を強くしていけば,憎しみに耐え,それに打ち勝つことができます。どうしてそういえるのか,使徒パウロの手本から考えてみましょう。

14. パウロが命の危険にさらされても,エホバに仕え続けられたのはどうしてですか。

14 パウロは処刑される直前,親しい友テモテに宛ててこう書きました。「神が私たちに与えてくださった聖なる力は,臆病な気持ちではなく,力と愛……を生み出します」。(テモ二 1:7)パウロは何を言おうとしていたのでしょうか。エホバへの強い愛があれば,極めて困難な事態にも立ち向かえるということです。(テモ二 1:8)パウロ自身,エホバを深く愛していたので,命の危険があっても恐れずにエホバを崇拝し続けることができました。(使徒 20:22-24)

15. 兄弟姉妹はどのように自分を犠牲にする愛を仲間に表していますか。(写真も参照。)

15 私たちは,反対に遭ってもエホバから離れようとしない仲間のクリスチャンを心から愛しています。その愛の気持ちから,自分も迫害されるかもしれないことを承知の上で,進んで仲間を助けたいと思っています。パウロも,アクラとプリスキラから命懸けで助けてもらったことがありました。(ロマ 16:3,4)現代でもそのような例があります。ロシアでは,捕まった仲間を力づけるために多くの兄弟姉妹が裁判所に駆け付けました。逮捕されたある姉妹は,裁判所に来てくれたたくさんの兄弟姉妹を目にした時,本当にほっとしました。しばらく言葉が出てこないほどでした。仲間のクリスチャンの自己犠牲の愛が,ぴったりのタイミングで姉妹を力づけたということです。確かに,憎しみに打ち勝つ愛があれば,私たちは幸せでいられます。

姉妹が2人の女性警察官に連れられて,車に乗ろうとしている。すぐそばで何人もの兄弟姉妹が拍手している。

エホバの証人の活動が禁止されたり制限されたりしていても,兄弟姉妹の間には自分より仲間を大切にする愛があふれている。(15節を参照。)c


16. 使徒ペテロが,神に仕えるためにひどい仕打ちを受ける人は幸せだと言ったのはどうしてですか。(ペテロ第一 4:14)

16 私たちは,憎しみに耐えるならエホバが喜んでくれると分かっている。(ペテロ第一 4:14を読む。)使徒ペテロは,神に仕えるために受けるひどい仕打ちを忍耐する人は幸せだと教えています。どうしてでしょうか。忍耐できていること自体,私たちに神の聖なる力が働いている証拠になるからです。ペテロはそのことが分かっていたので,神に喜んでもらえていると感じて幸せな気持ちでいられました。西暦33年のペンテコステの少し後の出来事を考えてみましょう。ペテロやほかの使徒たちは伝道したためにユダヤ人の神殿警察に連行されます。それでもペテロは,自分の信仰についてひるむことなく語りました。(使徒 5:24-29)打ちたたかれた後も,ペテロや仲間の使徒たちは伝道をやめませんでした。むしろ「イエスの名のために辱められるという栄誉を与えられた」ことを喜びました。私たちも試練に耐えるとき,同じように喜べます。(使徒 5:40-42)

17. イエスは亡くなる前の晩,弟子たちに何を教えましたか。

17 イエスは亡くなる前の晩,弟子たちに「私を愛する人は父に愛されます。そして私はその人を愛し……ます」と言いました。(ヨハ 14:21)憎まれても幸せでいられるたくさんの理由を忘れないようにしましょう。そうすれば今も安心感や力を失うことはありません。そして将来,エホバに仕えるために憎まれることはなくなります。エホバに仕えるからこそ,みんなから愛されるようになります。私たちはその時を心待ちにしています。(テサ二 1:6-8)

何を学べましたか

  • イエスの弟子たちが憎まれるのはどうしてですか。

  • 私たちの愛はどのように憎しみに打ち勝ちますか。

  • 憎まれても幸せでいられるのはどうしてですか。

149番の歌 勝利の歌

a 一部の名前は変えてあります。

b 写真や挿絵: 再現。イグナシオ兄弟が先生に自分の信じていることを話している。

c 写真や挿絵: 再現。1人の姉妹が信仰のために収監されようとしている。仲間の兄弟姉妹が激励している。

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする