日本と沖繩からの報告
伝道している伝道者 1949年 12名 1952年 311名 1953年 336名
日本にある新しい世の社会と交つている者達は,非常に多くの『聖なる』伝説を打ち壊して行かねばなりません。それは,日本にいる誠実な人々の気持と心より偏見を取り去るためです。大きな問題は日本そのものです ― 日本の言語,その習慣,その生活,そしてその状態です。之等は皆西洋とは全然違つて居ます。協会が日本に派遣している多くの宣教者は,言語の障害を克服しています。現在では,多くの日本人の伝道者が宣教者の側に立ち,御国の音信を宣べ伝えているということを知つて,協会はうれしく思います。支部の僕は,日本と沖繩にある問題を幾らか語つて居ます。音信が,之等の国々に達し,急速に拡まつているのを見ることは,本当によろこばしいことです。
30代の婦人は大抵伝道者に向つて,『お待ち下さい! お姑さんに聞きましてから』と言うのが普通です。すると,そのお姑さんの『声』が,障子の後から我鳴り出て来ます。そして,時には,年老いたお婆さんが戸口のところに這い出て来て,その禿げた頭を振り振り,『よろしいわ』と言つて私達を追い払います。しかし,すべてのお婆さんがこのようだというのではありません。或る一つの会衆では,一人のお婆さんは真理を受け入れ,それから近所の他のすべてのお婆さんのところに出掛けて行き,附近の公開集会に招待しました。それで20名は,講演に出席しました。
一人の若い婦人は,ヱホバの証者と研究するのを望んで居りましたが,二つの面から思いがけない反対を受けました。父親は熱心な仏教の信者でしたので,『神を真とすべし』をキレギレに引き裂き,家を出て行けと言いました。また所謂『クリスチャン』である牧師は,道で実際にひどいことを彼女にしました。それで,その婦人は,家と『教会』の両方から去りました。今では,その婦人は献身した熱心な伝道者です。その迫害のことを語つた時に,その婦人は非常に愛しているものみの塔を取り上げて,『これで,私は強くなるのです!』と言いました。
ものみの塔? そうです。日本語で書かれているザ・ワッチタワーです。この20頁の雑誌が毎月2回発行されることについて,私達は非常に感謝して居ります。ものみの塔という名前は,鮮明なそして美しい日本語で書かれて良く目立つて居り,また,英語のものみの塔の中にある興味ある記事が多く記載されています。昨年の配布の増加から判るように,ものみの塔は急速に人気を得て居ります。
4人の宣教者は,新しい区域で伝道の業を始めましたが,1ヵ月の中に89の予約を得,そして600冊の雑誌を配布しました。その区域に行く途中,その4人の宣教者の一人はある実業家に証言して一つの予約を得ました。翌日,汽車に乗つているその宣教者のところに,その実業家は又来て,友人のために一つの予約をしました。その翌日,その人は又来ました。―それで,週の終りまでに,その宣教者は,一人の人から6つの予約を得ました。旅行中に,証言することは,本当に報いのあることです。
多くの若い日本人が,開拓者の特権を持つて働いていることは,非常なよろこびであります。宣教者達がニュー・ヨークの国際大会に出席して留守の間,之等の日本人の開拓者のいくらかは,会衆の全責任を取り,群とその活動を非常に素晴らしい状態に保ちました。彼等は熱心で積極的でした。例えば,外国人の家々のところに来ますと,彼等は英語の文章をもつて準備し,しかもそれらを配布したのでした! アメリカ人や英国人に対して,日本人の宣教者となりました。日本人の二人の代表者が,今ギレアデで学んでいることに,日本は非常にうれしく思つています。
ニュー・ヨークの大会は,何という刺戟を与えたのでしよう! 日本語に翻訳された新しい世を信ずる基礎を得ることを,私達は今,切に待ち望んでいます。この冊子は,本当に素晴らしい備えものであり,『祖先達』の悪を追い払つて,日本の何百万という多くの人を導き新しい世の社会にあつて『清き崇拝の中に開花させる』でありましよう。
沖繩
第二次世界大戦の時の戦場であつた沖繩は,未だに軍の要塞です。戦争中,那覇市は全く破壊され,地下の神道の宮である一つの建物だけ残つています。其処の大部分の日本人は,急造の掘立小屋に住んで居り,沖繩の経済は遅々として回復しません。
伝道者の中核は,フィリッピンの兄弟の群です。彼等は非常に熱心で,通訳を用いてかまたは聖書からいろいろな点についての聖句を指摘して日本人に証言します。聖書をこのような方法で用いて彼等が伝道した一人の日本人は,その聖書の聖句に印をつけておいて,今度は自分の友人達にいろいろな事を説明する事が出来ました。このようにして,聖書を用いることによつて反対の議論すべてに対抗することが出来るということを,その人は知り,それで直ぐに真理を受け容れました。会衆内で,その人は今最も熱心な伝道者で,多くの聖書研究を司会しています。昨年中,日本語のものみの塔と他の文書の配布は良い成績でした。
(1954年のヱホバの証者の年鑑より)