a 「命の復活」あるいは「裁きの復活」によみがえらされる人々を,パウロが使徒 24章15節で述べている「義者」および「不義者」と同じであると考えてはなりません。パウロは,人々が復活させられる時点の,彼らの生前の振舞いに基づく立場について語っているのです。「義者」は,「数々の巻き物」に記されている事柄に従順を示し,義にかなった行動を続けなければなりません。さもないとその復活は,「裁きの」復活になってしまいます。逆に,どんな「不義者」でも悔い改めてキリストの贖いの犠牲を受け入れ,「数々の巻き物」に記されている事柄に従うなら,彼らの復活は「命の」復活となり得ます。