今日,奇跡は必要ですか
わたしたちは今日,神がご自分のクリスチャンの僕たちの手によって奇跡を行なわれるのを見ているわけではありません。なぜなら,世界中の読み書きのできる人々にとって必要なものはすべてありますし,すべて利用できる上,文字が読めなくても話を聴こうとする人々を助けるために,研究と経験によって知識と知恵を身に着けた円熟したクリスチャンがいるからです。今の時代には,イエス・キリストが神の任命された救出者であることを証明したり,神がご自分の僕たちの後ろ盾となっておられるという証拠を示したりするために,神がそのような奇跡を行なわれる必要はありません。たとえ神が奇跡を行なう能力を引き続きご自分の僕たちにお与えになったとしても,そのためにすべての人が納得させられることはないでしょう。というのは,イエスの奇跡を目撃した人たちでさえ,そのすべてがイエスの教えを受け入れるよう心を動かされたわけではないからです。(ヨハネ 12:9-11)一方,嘲笑者たちは,現在の事物の体制が滅ぼされる時,神が驚くべき働きをなさることを聖書により警告されています。―ペテロ第二 3:1-10。啓示 18,19章。
結論として,奇跡が実際にあったことを否定する人たちは,目に見えない創造者なる神がおられることを信じていないか,あるいはその神は創造の時以来,超人的な仕方でご自分の力を行使されたことなどなかったと考えているかのどちらかであると言えるでしょう。しかし,そのような人々が信じないからといって,神のみ言葉が無効になるわけではありません。(ローマ 3:3,4)神の奇跡とそれによって成し遂げられた良い目的に関する聖書の記述は,み言葉の中に見いだされる真理や原則と常に調和しており,神に対する確信を教え込むものとなっています。また,神は人類を顧みてくださること,そして神はご自分に仕える者たちを保護することができると共に保護してくださることを示す強力な保証となっています。奇跡は予型的な意味を持つ型となっており,その記録は神が将来,奇跡的な仕方で事態に介入して忠実な人類をいやし,祝福してくださるという信仰を築くものとなっています。―啓示 21:4。