真実となったアフリカでの予想
1947年のこと,ガーナ,アクラ市のパラディウム映画劇場でエホバの証人の大会が開かれ,それには,800人の兄弟たちが出席しました。その大会ではW・R・ブラウン兄弟が閉会のことばを述べました。耳を割るばかりの拍手の中で,ブラウン兄弟はこう話しました。「次にお会いする時,皆さんの数は,800人ではなく,8,000人なっているでしょう」。
1950年,ギレアデ学校で訓練を受けた十分の数の宣教者たちがすでにここ西アフリカに来ていたため,年老いたブラウン兄弟夫妻はアフリカを離れてカリブ諸島の故郷に帰りました。
アフリカ滞在中に,ブラウン兄弟はナイジェリアの著名な政治家ナムディ・アジキウェ博士と知り合いになりました。それから10年たってもアジキウェ博士はブラウン兄弟のことを忘れませんでした。独立したばかりのナイジェリアの知事に任じられた同博士は1960年10月にブラウン兄弟夫妻をナイジェリアに招待しました。
ブラウン兄弟夫妻はその機会をとらえてガーナを再び訪れました。昔,彼とともに真理のための戦いに携わった人々の何人かが,今でも真理の側にしっかりと立っているのを見るのは,同兄弟にとってほんとうに大きな喜びでした。そして,ガーナにはその時何人の伝道者がいたでしょうか。1960年4月には,8,172人が野外奉仕を報告していました。―エホバの証人の年鑑より