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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1973
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読者からの質問

● コリント前書 7章1節には,『男の女に触れぬを善しとす』とありますが,これは何を意味しますか。―アメリカの一読者より

使徒パウロはこのことばをもって,自制力のある,そして真の崇拝の発展に専念することを決意している人びとのために,独身を結婚の賜物よりも良いものとして推薦する論議を展開します。(コリント前 7:6-9)ヘブル語聖書の中で同様の方法で用いられている場合,『触れる』ということばは,性的接触を意味します。たとえば,エホバはアブラハムの妻サラについて,アビメレクにこう言われました。『我も汝をとどめて罪を我に犯さしめざりき 彼に触るを容ざりしはこれがためなり』。(創世 20:6,7)箴言 6章29節も,性的接触と『さわる』こととを同じ行為としています。『その隣の妻と姦淫をおこなう者もかくあるべし すべてこれにさわる者は罪なしとせられず』。

『女に触れ』ないことにかんしてパウロが述べたことばは,『触れる』という表現の聖書的用法と一致して,あらゆる官能的,あるいは性的接触を避けることと関係があります。人が正当にそのような接触を持ちうるのは結婚したときだけです。ですからパウロは,『男は女に触れぬを善しとす』と書いて,クリスチャンは独身でいるほうが有利だということを言っていたのです。「アメリカ訳」とウェイマウスの「新約聖書」はこの句をそのように訳しています。使徒パウロはこの点をつづけて詳細に説明します。

『女に触れぬ』ようにという勧めが,淫行に落ち入らないようにという強い警告のあとに与えられていることは,注目に価します。(コリント前 6:15-20)ある時イエス・キリストは,『されど我汝らに告ぐ,すべて色情をいだきて女を見るものは,すでに心のうち姦淫したるなり』と言われました。(マタイ 5:28)ですから,男が色情をいだいて女を見ることさえまちがいであることがわかります。もし機会があれば,その男は心のうちの不純な欲望を実行に移すでしょう。(サムエル後 11:2-4と比較してください)したがって,これを押し広げて言うならば,『女に触れる』ことには,色情から生ずる,または色情を刺激する肉体的接触がすべて含まれることになります。『女に触れる』ことはすでに,見る域を越えているからです。

したがって,誉れある方法で独身を保つことを考えている男性は,情欲を呼び起こすような,または淫行に導くような行為をいっさい避けるべきです。もしそれがむずかしすぎるように感じられるなら,その人にとっていちばんよいことは結婚することです。使徒は次のように書いています。『されど淫行を免れんために,男はおのおのその妻をもち,女はおのおのその夫を有つべし』― コリント前 7:2。

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