信仰を弁明する子供
● 私が研究をしているある家族にエル・サルバドルのあるカトリック系の学校に通っている8歳の娘さんがいます。毎週土曜日には宗教教室が開かれ,尼僧が教えた祈りを全児童は復唱しなければなりません。しかしこの幼い聖書研究生が祈りを復唱しなかったため,言うことを聞かないなら罰しますよと尼僧はこの娘に注意を与えました。『聖なるかな,神の母マリヤ』と暗唱し始めた尼僧は『さあ,言いなさい』と命令しました。その幼い少女は『聖なるかな,イエス・キリストの母マリヤ』と言いました。これを聞いた尼僧はかんかんに怒って,『神の母』と言わねばならないと言いました。幼い児童は『でもマリヤはイエスのおかあさんであると聖書は教えています』と答えてから,『どうしてあなたは聖書を読まずまたそれを教えないのですか』と尋ねました。『わたしたちの心はとても狭いのでそのような事は理解できないのです』と尼僧は答えました。そこで幼い少女はこう質問しました。『ではエホバの証人の心が理解できるのはどうしてですか』。尼僧は何も答えることができず,その問題はそれでおしまいになりました」。両親たち,あなたの子供も信仰を弁明できるように必ず聖書研究に活発に参加させてください。
― エホバの証人の1967年度年鑑より