パプアでの実際的な愛の援助
1959年ヱホバの証者の年鑑
今年度中に,自分たちの言葉であるモツ語で『ものみの塔』が印刷されたことは,多数の兄弟たちにとつて大きなよろこびでした。いまその言葉で雑誌を読む兄弟たちは,研究を心から感謝しています。このことは,多数の人々が質問に答えていること,野外奉仕が良くなつたこと,そして一般的に言つて円熟性が増したことからも表明されます。
いくつかの会衆は,いろいろの村で自分たちの御国会館を建てました。ある会衆は,更に週末に援助に来る欧州人の証者たちのために,3部屋づきの家を建てました。神の御心大会以来,兄弟たちはできるだけ早く読み書きを学ばねばならないと感じています。それですから,この新しい家は欧州人の兄弟たちにより今まで以上に使用されるでしよう。
原住民の言葉を上手に話すひとりの特別開拓者は,遠くはなれた辺鄙な場所に移転しました。開拓者はある土地で家を建てましたが,その土地の所有主は,決して追出さないと保証したのです。この地方の有名な牧師は,原住民の言葉を話しませんでした。しかし,ヱホバの証者が自分の区域内に住んでいて働いていると知つて,この牧師はすぐに開拓者のところに行き,原住民は証者たちが好きではないし,いては困ると警告しました。それから兄弟の家の土地所有者にも警告が発せられ,すぐに出て行くようにと兄弟は命ぜられました。しかし,証者たちがそこにいた短い時の期間中,開拓者とその妻は多くの村の原住民と親しくなつていました。原住民の言葉を知ることは,なんという助けだつたのでしよう。開拓者たちをこの場所から追い出すという企みを知って,原住民たちは激怒しました。彼らは開拓者の家族を愛していました。彼らは霊的な援助を多く必要としており,去つて行かれては困ると感じました。原住民たちは,家を建てるところを探し出し,二つの村々から人々が来ました。すぐに家を取りこわして新しい場所に運び,そして僅か2,3日の中に家は再び建てられて開拓者の家族はそこで幸福な生活を始めました。原住民と研究がつづけられ,原住民は急速に円熟にむかつて進歩しています。間もない中に,会衆がここで設立されるでしよう。