大衆に受けられる側を取りますか?
宗教が政治に干渉を持ちますと,厄介なことになります。例として,143年前の例を取つてみましよう。カソリックの僧侶ミグエル・ヒダルゴ・コステイラはメキシコの独立戦争を指揮していました。メキシコはスペインから独立を得ようと欲していましたが,そのスペインは特にカソリックの国であり,(教職制度)カソリツクはスペインを味方しました。4人の司教はヒダルゴを強く非難し,宗教規則の中での一番罪の重い破門スイクウイス・スアデンテ・デイアポロを宣告し大僧正は司教を支持しました。
しかし,現在ではヒダルゴは国家的英雄であり,メキシコは今年,彼の誕生の第2回目の百年祭を祝つて居ります。その破門の禁令がまだ行われるかどうかについて,カソリックの当局は正式な発表を,余儀なくしなくてはなりません。カソリックの人々はこんな風に説明しようとしています。司教達は或る手続きを見逃していたから,破門は有効なものではなく,それに破門は実際には行われなかつたというのです。