とても忙しいです! 何のために?
クリスチャンの奉仕者が戸別伝道しているときによく聞く断わりの言葉に,「ごめんなさい,今日はとても忙しいものですから」というものがあります。そのように言う人は本当に忙しいのかもしれません。今は大変忙しい時代で,何かほかのことをする時間などない,と人々は考えているからです。しかしわたしたちを忙しくさせているものは何でしょうか。わたしたちの時間は一体どこへ行ってしまうのでしょうか。
大部分の人々にとって日曜日は休息の日であり,土曜休みを取る人も少なくありません。この余分の自由な時間はすべてどこへ行ってしまうのでしょうか。
農家の人には自分の仕事を助けてくれる多くの農機具がありますが,自由な時間は余りありません。今日,大多数の主婦には,母親や祖母の代にはなかったような,労力の省ける洗濯機や掃除機などの器具があります。ところがそうした人々には余分な時間が1分もないのです。その時間は一体どこへ行ってしまうのでしょうか。
時間を節約するための設備によって,多くの人々はレジャーの時間を持てるようになりました。自動車のなかった人は,それに乗ってドライブに行き,時間を費やすことはありませんでした。テレビを持っていなかった人は,それを見て時間を過ごすことはありませんでした。このように,今日,新しい問題が生じています。レジャーの時間を利用するために購入した物を用いることで人々は忙しいのです。多くの時間はそこへ行ってしまうのです。
産業革命によってレジャーの時間は増えましたが,そのレジャーの時間も産業革命によって,わたしたちの時間を奪うより多くの所有物ですぐにふさがれてしまいました。最後には,食事をする時間さえなくなってしまうのでしょうか。
すでにそうなっているのではないでしょうか。すべてのインスタント食品をご覧ください。お湯を加えるだけで食べられるのです。また多くの駅では,一杯のうどんを流し込んでから電車に飛び乗ることができます。家族と一緒にゆっくり食事をするという時代は,快楽,スポーツ,及び他のレクリエーションの追求の犠牲になっています。
今日でさえ,多くの人々は忙し過ぎるために「食物」を拒否しています。クリスチャンの奉仕者は心と思いを養う霊的な食物,栄養物を提供しますが,「ごめんなさい,今日はとても忙しいものですから」と何度も言われます。そうです,家の人は忙し過ぎて食べることができないのです。
おおげさな話だと考えてはなりません。イエスはこう言われました。「人は,パン[日々の食物]だけによらず,エホバの口から出るすべてのことばによって生きなければならない」。(マタイ 4:4)エホバの口から出るこれらのことばを退ける人は,物質的な食物よりも必要なものを退けているのです。その人は自分自身を霊的に飢えさせています。
この食物を本当に受け入れたいと思う人は,そうするための時間を必ず作ります。なぜそう言えますか。人は何でもしたいと思うことを行なうからです。何であれ,第一にしているもののために人は時間を作ります。神の祝福と,命に至る食物を本当に欲しているなら,その人はそのための時間を作るでしょう。
様々な関心事を追い求めることも,適切に行なう限り何も悪いことはありませんが,それに対して不必要に長い時間を当てるべきではなく,神に対する責任を果たすための時間を割くようなことは,決してしてはなりません。苦しい時にだけ神を頼む人々がいます。それ以外には神のために時間を割きません。しかしもしあなたが忙し過ぎて神に聴き従うことができないのなら,宇宙を運行させておられる神がどうしてあなたのために時間を割くことがあるでしょうか。
今日の忙しい人々を訪問しているクリスチャンの奉仕者は,話を興味深いものにする努力を払うので,人々は話を聴く時間を取りたいと思うでしょう。あなたがお家の方で,命に至る霊的な食物を与えようとお宅を訪ねる人がいたなら,聴きまた学ぶことの重要性と,命の道を受け入れることの重要性を知っていただきたいと思います。
この霊的な食物を取り入れることは,何でも行なえる時間があるという意味ではありません。そうではなく,今度は最も重要な事柄 ― エホバ神の恵みと永遠の命に至る唯一の道を歩むことのために,一層忙しくなるのです。―マタイ 6:33。