進化論は満足のゆく答えを与えますか
● 電子計算機のメーカーで技術者として働いている私は,社会の要求に答えたコンピューターを開発,普及させることが人間を繁雑な仕事から解放し,より知的に高度な活動を可能にする点で人類の将来の発展に貢献できると考え,自分の仕事に誇りを持っていました。そして徹底した無神論者でしたから,進化論は科学的に生命の存在に納得のいく説明を与えることのできる唯一のものであると信じていました。
やがて妻が聖書を学んでいることに気付くようになりましたが,聖書の科学的な真実性や実際的な益については疑問でしたので,あまり深入りしないようにとだけ言って静観しておりました。しかし何回かエホバの証人と接する機会があり,その度に彼らの礼儀正しく柔和な態度,また確信に満ちた話し振りに興味を持ちました。一番最初に私が手にしたのは「進化と創造 ― 人間はどちらの結果ですか」という出版物でしたが,生まれつき理屈っぽく負けずぎらいの私は科学的に立証された進化論を攻撃するような本はけしからんと考え,聖書の矛盾を究明し論破するためにその本を徹底的に調べることにしました。
読み進むにつれて,その本の説得力のある論理的な説明や多くの参考文献を引用して公正な立場で結論を導き出している点に興味を引かれ一気に最後まで読み通してしまいました。その結果,従来,進化の証拠とみなされていた化石,こん跡器官などが現在では進化の有力な反証となっていること,また科学的な年代測定の方法が多くの仮定の上に成り立ち,信頼性に疑問のある場合が多いことを知りました。そして多くの疑問を解決するため進化論を基礎から勉強し直すことが必要と考え,進化論の本を次々と調べました。しかしそれがむだな努力であることが判明するのにそれほど時間を必要としませんでした。なぜなら進化が事実であったとしても,そのことは私たちが生きていることに何の目的も提出できないことを知ったからです。確かにすべての証拠 ― 自然界に見られる整然とした秩序は目的を有する偉大な知恵の存在をどうしても必要とします。間もなくエホバの証人と聖書研究が始まり,聖書に啓示された預言とその成就から創造者の目的が人類を祝福するものであることがはっきりと認識できました。現在では,妻と共にエホバを賛美する特権にあずかっております。―寄稿
● 私は1976年9月に「進化と創造 ― 人間はどちらの結果ですか」という本をごみ捨て場から拾い,マンモスの氷づけにされた絵を見てその本に興味を引かれ,家に持ち帰って読んでいました。その本にはノアの洪水のことが載っていて,「多くの化石が深い地層の中にうずもれていることはどのように説明できますか。そのすべてが火山活動の結果ではないでしょう」とその本は問いかけていました。私もまだ十代の時,炭鉱に坑木を運ぶアルバイトをしたことがあり,なぜ地下に石炭である木が埋まっているのかいつも疑問でした。それでこの本を読んで,大洪水は本当にあったのだと思いました。人間と他の動物の間には大きなへだたりがあり,決して猿から進化したのではないということもこの本から知ることができました。
しかしその時は自分に興味のあるところしか読みませんでした。私は大工で,ちょうどそのころ忙しくて頭は仕事のことで一杯だったのです。そして4か月がすぎ正月で家にいたときです,一人のエホバの証人が訪ねてくれました。私は「ものみの塔」誌と「目ざめよ!」誌を一年間予約しましたが,そのとき彼女は,何か聖書に関する本を読んでいますか,と尋ねました。私は,「ええ,少し読んでいます」といって『進化』の本を見せたところ,彼女は目を丸くして「これは私たちの本です」と言いました。そして彼女と楽しい会話が始まりました。翌日,男の人が私のところに来て聖書を一緒に勉強しませんかと誘われ,私はそれに応じました。ところが冬は仕事もなく毎日毎日パチンコ店に入りびたりの私は,パチンコに熱中するあまり何回もその方との約束を破りました。でもその都度「お留守でしたので明日の夜八時にまたお訪ねします」と書いた手紙が入っていました。ある日,パチンコをして家に帰ったのは夜の十時ころでした。見ると霜で真っ白になった車が一台止まっていました。中を見るとオーバーとマフラーと手袋をしてその男の人が震えながら乗っていました。彼の車はヒーターがきかない車だったのです。何時間も凍りつくような車の中で私の帰りを待っていたのです。私は熱いもので一杯になり,その方に心からわびました。そして定期的に聖書の勉強が始まり,彼が誘うままに王国会館でエホバの証人と交わるようになりました。そしてエホバに最善をつくしてより頼みなさい,という励ましを受け,生活を改めることができました。エホバは私のような者を『進化』の本を通し,またご自分の忠実なたくさんのしもべを通して導いてくださったことを本当に感謝しています。私はエホバに対する愛の気持ちで一杯です。―寄稿