喜ばしい結果
私は去年の8月まで開拓奉仕をしていました。ところが,急に発病し,「脳膜炎らしいので,専門医に調べてもらうように」と診断されました。
8月27日私は両親とともに広島市民病院の脳外科へ行きました。その結果,脳膜炎でなくて出血していることがわかり,「1週間以内に手術しなくてはあぶない」と言われました。
それですぐ入院しましたが,絶対安静が必要でした。レントゲン検査によると,脳の血管が先天的に異常で,その部分を切り取ることが必要でした。医者は血液を3000cc用意するようにと両親に言いました。
しかし,輸血は「血を食べてはならない」という神の戒めを破る行為です。なんとしても輸血なしで手術して欲しいと思いました。母も「エホバは耐えられない試みに会わされないのだから」と言って励ましてくれ,エホバに祈りました。
しかし,父は未信者ですので,すぐには私の考えを理解してくれませんでした。そこへ会衆の委員の兄弟が尋ねてくださり,父に輸血が罪であることを説いてくださいました。そして兄弟たちは,広島市内の大きい病院を回って,輸血なしで脳の手術をしてくれる医師をさがしてくださいました。また大阪や福岡に電話をかけてくださり,その地の兄弟たちも病院を回ってくださったのです。その時ほどクリスチャン愛を強く感じたことはありませんでした。
私は意識を失ってはならないと思い,短い手紙を書きました。―レビ記 17章14節に『血は魂を意味する』と述べられており,血を食べるなら神の刑罪を受けることになるから輸血はしないように ― と書いておきました。そして助手の医師が回診されたとき,輸血はしないように頼みました。しかし医師は困ったようすで出て行かれただけでした。
そんな時母が壁に張ってくれた詩篇 23篇は私の心を励ましてくれました。「エホバは我が牧者なり,我乏しきことあらじ。エホバは我を緑の野にふさせ,いこひのみぎわにともなひたまふエホバはわが霊魂を生かし名のゆえをもて我を正しき路に導きたまふ。たとひ我死の陰の谷を歩むとも禍害をおそれじ なんぢ我とともに在せばなり」と何度も読み返してみました。
それから日曜日になって良いニュースがはいりました。広島大学医学部の医師がよく理解してくださり,『火曜日に私をみたうえで,できれば輸血なしで手術しよう』と言われたということでした。私は火曜日を楽しみにし,希望をもつことができました。
兄弟たちの愛は未信者の父をも動かすものでした。「父は婦長さんに話してくれました。それであくる月曜日に両親は主治医に呼ばれました。父は,「私が決してクリスチャンの道からはずれたくない」と願っていることを話してくれ,母も,死は覚悟しているからとたのんだそうです。1時間後に帰って来た両親は明るい表情で,「『輸血なしでやってみよう』とおっしゃったよ」と言ってくれました。その時は本当によかったと思いました。
エホバは細くはあるが一本の道を与えてくださったのだと感謝せずにはいられませんでした。
本当にエホバは耐えられない試みには会わされませんでした。そして,9月2日(木)朝9時から手術が始まりました。体温を下げ,この病院で初めて用いる特別なクリップで止血し,代用血液を用いて慎重になされました。手術が終わったのは夜9時近くになっていました。
その間,多くの兄弟たちが祈ってくださり,エホバは私を救ってくださいました。
体温が27度まで下げられたので出血が少なく,手術のミスもありませんでした。また,輸血後のさまざまな障害になやまされることもありませんでした。それで,手術後3週間という異例の速さで退院できました。このことからも,聖書の戒めは科学的であって,私たちの身の守りとなるのだと思いました。
せまり来る大かん難の時にも,私たちはエホバとクリスチャン兄弟たちの愛にささえられるでしょう。また家族一同が信仰において一致できるなら,一層心強いものと思います。