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目ざめよ! 1972
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一家族が真理を学ぶ

聖書に述べられているヨブという人は大ぜいの子どもや孫に恵まれましたが,私にも子どもが8人と孫が14人おります。主人が30年前になくなって以来,私は松島で旅館を経営しながら子どもを育てました。

そもそも私がエホバの証人になった,事の始まりは,アメリカのサンフランシスコに嫁いでいる長女が,あちらでエホバの証人になったことです。長女は渡米以来,長老派の教会にかよい,教会のためにいろいろと奉仕をしていましたが,教会内のことで矛盾を感じ始めていたときにエホバの証人の訪問を受け,いろいろと疑問に思っていたことを尋ねているうちに家庭聖書研究が取り決められたとのことです。現在長女はあちらで正規開拓者として奉仕しています。

私は今から7年前,そうした事情を知らずに渡米し,長女の家を訪問しましたが,その生活ぶりが以前とは全く変わっていたことに気づきました。

私は1年間のアメリカ滞在中に,「失楽園から復楽園まで」と題する本を用いて聖書を勉強し,エホバの証人の集会や大会にも出席しました。もちろん私は英語がわかりませんでしたが,集まる人々のものやわらかな態度を見て,自分も帰国したら学び続けようと決意して戻って来ました。それで羽田空港に着くとすぐ東京の支部へ行き,仙台へもどってからのために集会場所を教えていただきました。

早速仙台会衆を尋ね,ある姉妹に松島まで来ていただくようお願いし,研究を続けました。しかし,仙台の集会場所まではバスで2時間ほどかかるのと旅館が季節的に忙しくなるため,集会や大会に定期的に出席できず,悩んでいました。祈りのうちにエホバのご援助をお願いし,旅館の経営をやめて仙台に移ることができ,問題は解決しました。現在,私は69歳になりますが,自由な時間を用いて年に4回ほど休暇開拓奉仕を楽しんでいます。

仙台への引越しを機会に四女が大ぜいのエホバの証人と接するようになり,集会にも私といっしょにでかけるようになりました。その娘は長女の招待でサンフランシスコへ行き,姉と聖書研究をした結果,あちらの大会で水のバプテスマを受け,現在は仙台にもどって正規開拓奉仕をしています。五女も結婚して仙台におりますが,伝道者の訪問を受けて研究が始められました。その後間もなく主人の転勤で山形に移り,そこで真理を学んでエホバの証人になりました。現在その娘は2人の男の子をかかえながら正規開拓奉仕をしています。また,上の男の子は伝道者になり,下の子も今研究中です。

三女も結婚して仙台にいますが,4人の子どもがあり,最初は聖書研究の時間を見い出すことがなかなかむずかしい状態でした。しかし,特別開拓者の姉妹が忍耐強く訪問して助けてくださいました。そして一昨年,横浜で開かれた地域大会でバプテスマを受けました。その三女の長男も聖書研究をするようになりました。

そのほか私の長男の嫁と六女が仙台で,ある姉妹と聖書研究をしていただき,今ではともに伝道者になりました。また次女も東京で現在,聖書研究を行なっています。

これまでのことを振りかえってみて気づくことは,家族のうち最初にエホバの証人になった者の生活態度の良い変化と,親族の者がエホバの証人とできるだけ多く接するようにとの願いから機会があるごとに仲間のクリスチャンを食事に招待するようにつとめたこと,また子どもや孫たちと接するときには霊の思いを強めるような話をするよう努めたことなどです。

それからもう一つうれしいことは,今まで私と聖書研究してこられた65歳になる婦人が今回の巡回大会で水のバプテスマを受けられたことです。このように一粒の麦でもエホバの助けと努力によっては幾倍もの実を結べるということを認識いたしました。

― エホバの証人の巡回大会で話された経験 ―

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